ただ与えること
見返りを求めること

全然ちがう。

大切な人には幸せでいてほしい
笑っていてほしい
→そうじゃなかったら私は悲しい

それはその相手の影響を受けている

相手がどんな状態であろうと
どんな反応をしようと
私の価値には変わりがないのに

反応に反応している状態
そして、また、自己否定。

私はこのままで、今のままで完璧な存在。
なのに足りないことを数えてる
足りてないと否定してる

知っているのにやめられないのは
なぜだろうか?どうしてだろうか?
ううん。
理由探しはしなくていい

どのようにして、
その思考をもつようになっているの?
まず観察、そして受け止める。






もし、大切な人が苦しそうにしていたら?
私はハッピーじゃない?

苦しそうにしているのは、起きた事に対して、彼が反応を選んだ結果なだけで、事実ではないかもしれない。
苦しみを味わうことを選択した意味が、彼の中にはあるのかもしれない。

どっちにしろ私には関係のないこと…!

支えてあげたい
→私をもっと好きになって

私には関係ないと言う
→さよならされる恐怖

私はもっと大事にされる存在なのに
自分で自分をないがしろにしてる
彼の大切なものを守るふりをして、私が捨てられないように、細心の注意を払っている

我慢してるんだ
我慢しないと愛されないと思ってるんだ
自分よりあなたを大切にしないと大切にされないと思ってるんだ
私が勝手に私を低く見積もっている
そりゃしんどいはずだ

逃げない逃げない逃げない
向かう向かう向きあう