みなさんお久しぶりです
覚えてくださっているでしょうかミノミンです。
前の♪中学生の楽しみ♪では多大なるメッセージありがとうございました![]()
なぜ更新できなかったの?と気になってくれている方がいると思いますが、実は高校受験がありました。そこにむけて夏から頑張ってガリガリ勉強していました。そこには長い道のりがあり時には泣いてしまうこと、家族や友達にあたってしまうことなど色々ありました。今までのブログを削除してまた1から始めようそう考えましたが今までの記憶、軌跡が消えていくように思われて僕のマウスは止まってしまいました。そこで第1回を記念?して受験体験記といううものを書きたいと思います←明日試合なので急ぎ足で書きますがご了承ください^^;
8月毎日塾に9時に来て夜の10時まで毎日毎日勉強した。夜は社会のノートまとめそれに家に帰ってからも11時から1時まで勉強してそして塾に向かうそんな日々を毎日繰り返していた・・・五ツ木(公開模試)が近づき、緊張がほとばしる。先生にはこれで人生が決まる、お前らの志望校が決まるそう言われていました。僕は死にものぐるいで勉強して偏差値70、2・・・予想もしていない数値だった。クラスの中でも2番目。僕はそれがとてもうれしかった。受験に勝ったような気がした。先生にもお前は受かっても当然だ!西大和学園専願から併願にしないか?そういう誘いもあった、でも僕はそれを断り専願にした。第1志望が西大和であったものの、それは奈良高(奈良の公立TOP)が落ちた時に清風に行くのが嫌だったそんな気持ちから西大和を選んだ・・・自分でも私立で受かって勉強をして京大に入るほうがいいに決まっている・・・そう思っていた。赤本では合格点数を一度も超えたことがないまま、10年分の過去問を解いたまま受験1週間前にさしかかった。五ツ木では成績をぬかしていたやつらにも負けていた。僕には得意科目がないのに国語というう名の苦手科目があった・・・今になって言えることだが時には自分を勇気づけさす、肯定させるために点数をごまかしたこともあった・・・最悪のやつだった・・・・これは先生を裏切っているのも同然・・・罪の意識さえ感じることがあった。。。そして受験前の激励会・・・不安だらけのまま会場へ足を運んだ。僕たちの主任加藤先生は「おまえらがやらなかんといううことをやりとおせ。たとえ誰かに反対されようとも。自分がしなかんとおもうことを精一杯やりとおせ・・・そう言い残して会は閉じた。先生と握手を交わし会場を後にした。僕は自分の勉強のできなさから学校を2週間ほど休んだ。みんなは当然勉強をしてるものだと思っていたのかもしれないが12時まではパジャマのままテレビをつけていた・・・そして1時になって塾に向かった・・・受験前日にもっと勉強すれば良かったなあ、テレビを見てる時間が惜しかった。ただやれることはやったと思っていたのだがノートを見ると不安になるばかり、結局2時まで勉強して試験会場へ向かった。先生方は温かく迎えてくれた。とても心が和らいだ・・・いよいよ試験国語はできなかったものの古文はかなりできたし、英語もできたから大丈夫だろぉそう思って数学の試験・・・ケアレスミスで15点も失点・・・受験においては致命的なダメージ・・・おわったなぁとおもいながらもリスニングができたのだから合格してるはず・・・・そう思いながら合格発表まで待った・・・試験会場には親が付いてきていた、先生方は16人程。。。すごい多い人数だった。。。これまでの努力が2とうりの方法であらわされる・・・番号があるかないか・・・・体育館のカーテンがしゅるしゅるっと幕をひいた周りの方は「やったああ、先生ありがとう。」「これからはしばらく休めますね。今まで良く頑張った!」そういう声が聞こえてきた。自分にもそうかたってくれるのか?そう思いながら番号をそそくさと探した。列をまたいで番号が・・・・あるはずの場所に番号はなかった・・・その時は涙などでなかった・・・・先生が心配そうな顔をして僕に近寄ってきた。僕は先生に「どうだった?」と聞かれた瞬間に涙があふれてあふれてあふれて止まることはなかった試験会場で20分ほどなぐさめてもらい、先生は「どうもすいません。お子さんを受からせることができなくて・・・後1カ月ほど一世にいさせてもらえるのも何かの縁ですので宜しくお願いします」といって、母は「こちらこそよろしくおねがいします」・・僕はこんな会話が存在するのも全部自分のせいだ自分のせいだとせめつづけた・・・・自分の番号をとるやつらがうらやましいといううより憎かった憎かった憎かったとても・・・帰りのバス、電車でもハンカチではおさまらないほどの涙と子供がなくように肩を上下にゆさぶらせて泣いていた・・・電車の中では「去年の問題だったらうちらもうかってたのにねぇ、今年は仕方がないわ」と言っていた。自分はこんなに泣いているのに・・・このとき自分にとってこの学校の受験といううものがかなりおもかったことがわかった。悔やんでも悔やんでも悔やみきれなかった。家では母親も涙を流し、「まだ受験は始まったところなのよ。お母さんは奈良高に受かってくれる方が嬉しいよ。田舎のおばさんもおばあちゃんだってきっと喜んでくれるはずよ」そういって僕は2かいに上がり、「なんでなんでなんでなんでなんで・・・・僕だけが・・・」とぐっしょりに濡れた布団のなかでうめいていた。
次回は合格発表の後、塾へ行っての出来事、それから奈良高への道のりについて書く予定です。(時間がないのですべてかききれませんでした)