自己肯定感が低い人ってね、
一見すると
「私ってかわいそう」
っていう 被害者意識 を持っていることが多い。
そしてだいたい
怒りん坊さんだったりする。
小さい頃の経験ってさ
・やってほしいことをやってもらえなかった
・やりたくないことをやらされた
・叱られた
こんなの、誰にでもあると思うんだよね。
でも子供の自分には
それが「愛」だなんて
分かるはずもなくて。
ただただ
「わかってもらえなかった」
「傷ついた」
「嫌だった」
この気持ちだけが残る。
でね、これって大人になっても同じ。
同じことが起きると
凹む
怒る
拗ねる
傷つく
そして心のどこかで
「また大事にされなかった」
って思ってしまう。
でもさ。
教える立場になったり
誰かの成長に関わる立場になると分かるんだよね。
本人は嫌がることでも
必要だからやることってある。
その人の自立のために
その人の可能性のために
あえて厳しくすることもある。
それって「愛」って認識してやってるわけじゃないけど
結果的に「愛」なんだよね。
私はいつからだろう。
その拗らせから、少しずつ抜けていった。
・やってほしい以上にやってもらえることが増えた
・やりたくないことも「必要ならやろう」に変わった
・叱られた、じゃなくて「余裕を増やす機会」に変わった
出来事は変わってないのに
受け取り方が変わった。
これね、理由はシンプル。
自分が自分に愛を向けられるようになったから。
セルフラブができるようになると
世界の見え方が変わる。
するとね、
今まで自分を傷つけてきたように見えた親にも
「この人も不器用だっただけなんだな」
って思えるようになる。
親だって
うまく自立できなかった部分を拗らせた
ひとりの人間なんだよね。
昔の私はずっと思ってた。
「親なんだからちゃんとしてよ!!!」
って。
子供の心のまんま怒ってた。
年だけ重ねても
全然ちゃんとした大人じゃなかった。
でもね…
ちゃんとしないまま
何かがゆるんで
調和がとれて
穏やかになって
平和が増えて
幸せが増えていった。自己肯定感が上がるって
「私はすごい!」って思えることじゃなくて
過去の出来事の意味が変わること。
怒ってた自分を
責めなくなること。
「傷ついたよね」って
自分を抱きしめられること。
ここから全部が変わり始める。
一見すると
「私ってかわいそう」
っていう 被害者意識 を持っていることが多い。
そしてだいたい
怒りん坊さんだったりする。
小さい頃の経験ってさ
・やってほしいことをやってもらえなかった
・やりたくないことをやらされた
・叱られた
こんなの、誰にでもあると思うんだよね。
でも子供の自分には
それが「愛」だなんて
分かるはずもなくて。
ただただ
「わかってもらえなかった」
「傷ついた」
「嫌だった」
この気持ちだけが残る。
でね、これって大人になっても同じ。
同じことが起きると
凹む
怒る
拗ねる
傷つく
そして心のどこかで
「また大事にされなかった」
って思ってしまう。
でもさ。
教える立場になったり
誰かの成長に関わる立場になると分かるんだよね。
本人は嫌がることでも
必要だからやることってある。
その人の自立のために
その人の可能性のために
あえて厳しくすることもある。
それって「愛」って認識してやってるわけじゃないけど
結果的に「愛」なんだよね。
私はいつからだろう。
その拗らせから、少しずつ抜けていった。
・やってほしい以上にやってもらえることが増えた
・やりたくないことも「必要ならやろう」に変わった
・叱られた、じゃなくて「余裕を増やす機会」に変わった
出来事は変わってないのに
受け取り方が変わった。
これね、理由はシンプル。
自分が自分に愛を向けられるようになったから。
セルフラブができるようになると
世界の見え方が変わる。
するとね、
今まで自分を傷つけてきたように見えた親にも
「この人も不器用だっただけなんだな」
って思えるようになる。
親だって
うまく自立できなかった部分を拗らせた
ひとりの人間なんだよね。
昔の私はずっと思ってた。
「親なんだからちゃんとしてよ!!!」
って。
子供の心のまんま怒ってた。
年だけ重ねても
全然ちゃんとした大人じゃなかった。
でもね…
ちゃんとしないまま
何かがゆるんで
調和がとれて
穏やかになって
平和が増えて
幸せが増えていった。自己肯定感が上がるって
「私はすごい!」って思えることじゃなくて
過去の出来事の意味が変わること。
怒ってた自分を
責めなくなること。
「傷ついたよね」って
自分を抱きしめられること。
ここから全部が変わり始める。