明日1月17日で、阪神淡路大震災から25年となります。
大阪出身のフローリストのながくさとみさんが、その時のことをふり返っておられました。
25年前、1995年1月17日、
私は、高校3年生、受験真っ只中でした。
もうすぐ大学の入学試験が始まるというのに、それまでの人生で1回しか引いた事がないのに、風邪をを引いてしまい、10日間も寝込むという最悪な事態。
そろそろ、熱と咳もやんできたので、久しぶりに学校に行こうかな〜と思っていたところ、
朝起きると、なぜか家族全員、テレビに釘付けになっていました。
「あれ〜?どうしたの?」と言って、みんなが見ているテレビを覗き込むと、、、
神戸が燃えている!?
火事はどんどん広がり、煙がむくむく広がって、高速道路の高架が倒れてる!!
なんだ!?これ?!
ゴジラが暴れまわった後みたい。。。
「地震があったんだど!」と祖父。
すると、母が、「受験生、どうなるんだろうね。。。」
とりあえず、朝ご飯を食べて、学校に出かけました。
私は、人生で二度目の風邪を引き、生まれて初めて10日間も寝込んだので、なんだか変な感じ。
久しぶりに行く学校は、別の所に来たみたいに、なんだか新鮮・・・?
私は、11月に第一志望の大学の自己推薦入試を受け、それに落ちて以来、どうしてもやる気が出なくなってしまい、受験生なら一番の頑張り時だというのに、やる気がプツリとなくなってしまって、憑き物が落ちたみたいに無気力になった自分を無理に鼓舞して勉強に励んでいた所、風邪をこじらせ、全く勉強する場合でもなくなってしまい、咳は止まらないし、熱も下がらぬまま、10日も過ぎていたのでした。
病院に行くと、
「インフルエンザではないから、家でゆっくり寝てなさい。」と言われ、
「でも、受験なんです。」と言うと、
「寝て早く治すしかないでしょう!」と。
ま、確かにそれしかないんだけど、よりによって、どうしてこんな時に、風邪なんかひくんだろ?!(涙)
中学生の頃から、人生をかけて大学受験のために一所懸命勉強しまくって生きて来てのに、受験に失敗して、呆気なく私の人生は終わってゆくのか・・・?!
絶望的な状況・・・ではあるのに、なぜか心が軽い。
もう、ここまで来たら、成るように成るしかない。
全力で頑張って来ての、この始末。
運命に身を委ね、寝て治すしかない。
人事を尽くして天命を待つ。
ということで、諦めてベッドに横になっても、なかなか良くならずに10日も過ぎてしまった。
あれは一体なんだったんだろう?
誰よりも受験にかけてきたのに、誰よりも簡単に奈落の底に突き落とされたような状態になってしまった。。。
今にして思えば、第一志望の大学に落ち、やりたかった狂言に打ち込める大学だけに合格したことは、今となってはとても良い結果になったけれど、人生の落伍者のような気分になってしまったのでした。
私は、どんなに頑張っても一流とか、世間から賞賛されるような人間にはなれないんだと言う烙印を押されたような気分に。
結局、第一志望の大学には受からなかったとはいえ、浪人までする気力は残っていなかったので、唯一合格通知を頂いた大学に入学。
とはいえ、その大学に入ったおかげで、ずっとやりたかった狂言の本家本元、大蔵流のお家元に直々にご指導いただけると言う幸運に恵まれるのでした。
そして、なんの因果か、私と入れ違いで大学を卒業し就職した兄は、新人研修で一年間、神戸に配属になりました。
その関係で、大学生になって初めての夏休みは、震災直後の神戸に行くことに。
生まれて初めての神戸。
兄の住んでいる社員寮は、とても急な山の上にあり、どんだけ登れば、到着するの?と、ヘトヘトになりながら歩いたのを思い出します。
神戸って、山の多い街なんだな〜と。
それにしても、震災から半年が過ぎたとはいえ、神戸の街は、すでに復興していました。
兄が言うには、山の方はそんなに被害がなく、すぐに復興したそうです。海に近い方は、まだ工事中の所もあると言う程度。
9年前の東日本大震災では、今も復興と言えるか微妙な状況。
それを考えると、神戸の復興は早かった。
とはいえ、日本を震撼させる出来事となりました。
あれから、25年。
私は、上京し大学に入学。
就職氷河期の真っ只中、無事に大学を卒業し、就職。
”窓際族”と言うバブル期に採用された使えない?おじさん達と仲良く、窓際族になってしまう。
私なりに毎晩終電ギリギリまで頑張って勉強するのに、全く仕事ができるようにならず。。。
かなり迷走しました。。。。
迷走に迷走を重ね、どん底につぐどん底を味わい、何度も人生を終わりにしたい欲求との戦いが続きました。
どうせ死ぬなら、死ぬ前に、自分の納得のいくまで、なりふり構わずに挑戦してみよう。
そう思って、元々夢だった歌手になるために、ボイストレーニングに通い始め、自分なりに色々やってみて、世の中の現実を知った時、もう、自分のできることは、ほとんどやってしまったある日。。。
人事を尽くして天命を待つ。
もう、やることがなくなってしまった。
生きる意味が、本当の意味でなくなってしまったような所まできてしまいました。
そんなある日、芸能スカウトマンと言う人に出会ったのでした。
それから、私の人生は急展開。
気づいた時には、自殺願望もなくなり、生きることが楽しくなっていました。
あれほど、生きることから逃げたかったのに、今では、死にたくないです。
生きることがとっても楽しいから。
ずっと、この世に生きていたい。
死にたくない。
この楽しい毎日を、生きるこの世を、愛おしく感じるようにまでなったのでした。
今では、世界を変えるファッションショーを通じて、
女性が生きる意味を思い出し、日々の生活の中で、常に美しく輝き、羽ばただくきっかけとなるイベントを開催しています。
阪神淡路大震災から復興20年の記念イベントとして開催したファッションショーは、
次回で第12回目を迎えることとなります。
こんなに毎回、たくさんの女性から歓喜に満ちた喜びの声をいただくようになるとは。。。
本当に、生きていてよかった。。。
人生、諦めなければ、何が起こるかわからないです。
まさか、こんなことをするとは、あの苦しい時代は思ってもみませんでした。
でも、これまでの人生の全てが、ファッションショーをするための準備期間だったことが、
第1回目のファッションショーの準備をしている時に感じたのでした。
桃栗三年柿8年・・・といいますが、種の種類によって、芽が出る、花が咲く、実が成る時期は違うんです。
でも、暗闇の中でも、消えかかる灯りを自分で灯して、何とか自分の直感を信じて、たゆまぬ努力を続けることで、芽が出て花が咲き、実がなる時期が来るんですね。
それが、どのタイミングかは、誰もわからない。
けれども、腐らず、怯まず、生き続けることが最低限の条件。
もしかしたら、死んだ後に芽が出るかもしれません。
それでも、何のために生きるのか。
その志がもっとも大事だと思います。
志を捨てずに、ひたすら生き切ることで、自分の心の充足感が生まれる。
自分が自分に納得することが、一番大事なことだと思います。
日々、自分が自分の生き方に納得できることを積み重ねていく。
それしかできないし。
とにかく、逃げない、腐らせないで、生き続けるしか、自分を納得させることはできない。
幸せになった今も、日々自分との戦いには変わりないです。
ただ、その戦いが、楽しめているかどうかの違いだけで。
一人でも多くの女性の人生が、同じ毎日でも楽しいものに、輝けるものになっていったら、いいなと。
そのお手伝いをするのが、私の使命だと思っています。
共に楽しみましょう!
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