会いたい人には、直ぐに会いに行こう。 | 「私はなんの為に生きているんだろう(涙)」と思っている人ほど、実は人や地球の為になれるんです!!!

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❤なにもできない役立たずな私が、意外と人のお役に立てるようになった❤ダメダメ人間でも人や地球のお役に立ちたいと思っている人の為のブログです❤

今日、ようやく時間ができたし、ファッションショーも終わり、充実感に満ちており、この喜びを、いまなら元気な顔で会いに行けると思い、長年大変お世話になっている方にお電話してみました。

すると、違う人が電話に出て、その方は、2年前に亡くなられていたことがわかりました。


とても優しくて、可愛らしい方でした。

そんなお人柄とは裏腹に、とても苦労された方なんです。


中学生の時に満州から引き揚げてきてきた方でした。

第二次世界対戦の際、日本がアメリカとの戦争に無条件降伏すると、ロシアが一気に満州を攻めてきたそうです。その時、その方のお父さんが陸軍の大佐だったので、もし日本が負けたら、割腹すると前もって聞いてはいたそうですが、最後の満鉄が出る前に大急ぎで父親のいる陸軍の詰所へ行くと、燃え盛る陸軍の詰所から父親の車を運転して、父親の部下達が出てきたので、車の前に立ちはだかり、止めて父親のことを聞くと、やはり、燃え盛る火の中で自決されたとのことだったそうです。

こうなったら、最後の満鉄に乗って、日本へ逃げるしかない。

陸軍大佐の息子ということで、優先して乗せてもらえたものの、その満鉄での旅順港までの旅は、またとんでもないものだったそうです。

数ヵ月にも及ぶ、過酷な旅を終え、ようやく旅順港から日本へ帰れるという段階で、お母様とお姉様と生き別れ、日本に帰って親戚を頼り、高校を卒業し、大学を卒業し、ラジオのシナリオライターからテレビへ転向したころ、大坂にお母様がいると情報があり、慌てて駆けつけた1週間後にお母様は亡くなられたそうです。

お姉様は、その数年後、何かでその方の活躍を知り、連絡が入り、赤坂の料亭で再会したのだそうです。

福岡の親戚を頼っていたが、就職とともに熊本に行き、熊本で結婚され、お子さんも大きくなっていたそうです。

そんなこんなで、無事にご家族と再会され、更に芸能界でも、様々な経験をされたことを面白可笑しく話して下さいました。

高倉健さんと江利チエミの馴れ初めや、美空ひばりとその母親の珍道中や、越路吹雪の名物マネージャーの岩谷時子さんのこと。

私が大好きな人達と、とても深い仲で、一緒にお仕事をしていた方でした。

芸能界の裏の部分も、いやというほど見てきた方なんじゃないかと思います。


サンミュージックの前の社長とは、中学生の時の同級生で、彼はとても苦労したんだょと、しみじみと語っていました。

中学生時代は、コメディアンで一世を風靡したエノケンの息子とも同級生だったそうです。

エノケンの息子も芝居が大好きだったそうで、その方に、「お前は文章かくのが上手いから、シナリオを書け」というので、その方がシナリオを書き、芝居に興味がある友達を集めて、毎日自宅の螺旋階段を使って、芝居の練習をしていたそうです。

たまに、エノケンが帰ってきて、息子達の芝居を見ては、誉めてくれたそうです。

でも、エノケンの息子が自殺してしまったそうです。

大学時代は、シナリオを書いていた経験からシナリオライターのサークルを作ると、永六輔や大橋巨泉、青島幸夫達が入ってきて、楽しくやっていたそうな。

その傍ら、早稲田大学の野球部で、ピッチャーもしていたそうな。

「ぼくは、とっても優秀だったからね、就職はラジオ局だったんだょ。他の奴らは、優秀じゃなかったから、仕方なくテレビに行ったの。当時、テレビは、誰も行きたがらなかったからね。ウフッ」

「でも、数年すると、ラジオが下火になり、テレビが隆盛になってね、そしたら、青島とかが、松村さんテレビに来てよっていうからね、それでテレビのドラマとか書くようになったんだょ。」

こうして、「事件記者」などのドラマを作り、テレビの世界で活躍していくのですが、あることを機に、テレビの世界からスッパリ手をひいたのだそうです。

その、きっかけになったことについては、一切語ろうとしませんでした。


とにかく、芸能界だけはやめた方がいい、魑魅魍魎の世界だからね、ウフフッ


と、何度も言われました。


でも、私が、高齢者福祉施設を慰問し始めると、大手の老人ホームを紹介してくれたり、福祉界の神様と呼ばれる人を紹介してくれたり、とんでもないご縁をくださったのでした。


だから、また、改めて、お礼に伺いたいと思っていたのですが、既に2年前に他界されていたとのことでした。


なぜか、私のことをひどく気にかけて下さっていて、いつもいつも心配してくれていたのに、なにも恩返しができないままで、なんだか、悔しい気持ちになってしまいました。


2年前に岩谷時子さんが亡くなったときに、とても気になったのですが、あの時連絡していればまだ間に合ったのに、ほんと悔やまれてなりません。


思わず、うわーっと、泣けてきたのですが、おじさんが「いいんだょ、いいんだょ、」と、いつもの屈託のないピッカピカの笑顔で微笑んでる気がして、泣いてる場合じゃない、前に進もうと決めました。


そして、先日、ファッションショーのシナリオが、あっという間に、何かに取りつかれたように軽々と書けたのも、じつは、おじさんが私に書かせていたのかなと思いました。

歌も、なんだか、最近、急に、音程がずれなくなったうえに、音域もやたらと広がったのも、おじさんが江利チエミや美空ひばりに呼びかけて、私を応援してくれてたりして上げ上げ

だって、2年前から急に美空ひばりや江利チエミが気になって、大好きになって、YouTube見まくって、意外とあの難しいあのビッグスターの歌を、結構楽々と歌えそうな感じになっていたのです・・・?


そう、ちょうど、りんごちゃんを思い付いた頃です。



この事に気づいた瞬間、鳥肌立ちました!!!!!!!!


おじさん、あの世で、生きてる時より動きやすくなって、私のことを応援しまくってくれてたりして!キャッ☆LOVE

そう考えると、不思議な出来事の辻褄が合うのです。


この事に気づいたら、なんだか、わらけてきて、涙も引っ込みましたきらきら音符


あの世で、そんな私を見て、さらにみんなで大笑いしている気がしましたいえー林檎



もう、こうなったら、ますます頑張るょ~いえー上げ上げ上げ上げ上げ上げ




ありがとう、おじさん薔薇キラキラ涙

そして、みなさん、ありがとうございますシャボン玉きら

私、出来る限り頑張ります林檎キラキラキラキラきら