







この間、新幹線に乗ったら、山形の有名なイタリアンレストラン【アルケッチャーノ】のオーナーシェフ奥田政行さんが取り上げられていました。
アルケッチャーノのHPには、奥田氏は山形県庄内地方の出身となっておりますが、実は、なんと、山形県と新潟県の県境の辺りの出身なのだそうです。
お父さんがレストランを経営しており、その辺りの港や山でとれる新鮮な魚介類や野菜を使って、なんとも美味しい料理を作っていたのだとか。
思春期の奥田氏は、そんなお父さんに反抗しながらも尊敬し、進路を決めなくてはいけない、ギリギリで、思わず【料理人】と書いてしまっていたのだとか。
そして、高校を卒業してすぐに、フランス料理の修行へ行ったつもりが、配属先は、イタリアン。。。
あれれ





とは言え、イタリアンの料理に目からウロコだったとか。ほぼ素材の味を生かし、塩とオリーブ油だけの味付けに、とても興味をもった。
そして、配属の違いに戸惑う間もなく、恐ろしく手厳しいシェフの下で始まった修行苦行の毎日が始まる。
朝一番、出勤してきたシェフの顔を見て、とっさに今日はコーヒーか紅茶か、なんの種類がいいかなどを判断し、素早く出す。
これが出来ないと、凄まじい雷が落ちる

気がつけば、睡眠時間は3時間。
身も心もギリギリの状態が続く。
朝は、ロッキーのテーマソングで目覚め、テンションを上げて出勤し、夜は静かなクラシックをかけないと眠れない日々。
すると、いつのまにか、「今、シェフは新宿駅を歩いている」とか、「こんな表情だから今日は、紅茶かな。」とか、シェフが到着する前に、わかるようになった。
こうなると、あらゆることが、事前にわかるようになる。
その日、来店するお客様の雰囲気や好み、お店に入ってきたときのお客様の雰囲気で、料理の味付けも微妙に変える。
そんな技まで身に付いてしまった







人間、修行し、研ぎ澄まされると、こんな感覚って、ホントに身に付くんですね



そして、イタリアンからフランスの御菓子へ配属が異動に鳴っ間もなくのころ、お父さんがとても信頼していた人から保証人になるよう頼まれ、保証人になったことから、一億数千万もの借金を負わされることになったのだそうです。
あわてて修行をやめて実家へ戻ると、大好きだったお父さんのお店もなにもかもとられてなくなっていたのだとか。
仕方がないので、100均などで皿やカセットコンロを安く調達し、出来る範囲で店を始めた。
そこから、店は一気に評判となり、あれよあれよと言う間にテレビ取材や人だかりができた。
すると、出身地を明かしていないのに、借金取りまで押し寄せた。
まぁまぁ~、一挙逆転満塁ホームランかと思いきや、借金取りまで来たのね~

ま、そんなこんなで、色々あったそうですが、なぜ、出身地でもない庄内地方にお店を出したのか!?
それは、お父さんが莫大な借金をしてしまったとき、借金取りが押し寄せて、大変だったそうです。
借金取りに来なかった借金した先の人達には、状況を説明するため、一軒一軒、回ってあるくと、なんと、庄内地方の人達だけは、借金を返さなくて良いと言ってくれたのだとか。
なんて、優しい人達だと感動し、自分はこの人たちのために生きようと決め、庄内に移り住み、庄内で店を出したのだそうです。
すると、美味しい豚を飼育している井上さんが、養豚を辞めると言う。理由を聞くと、美味しい安全な豚を作っても、コストが合わず、利益がないという。でも、豚の品質は最高なのだ。
よし、東京のレストランの井上さんの豚を好みそうなシェフ達に紹介して回り、注文を取り付けようと、すぐに出かけ、すぐに注文を取り付ける。
気がつけば、庄内には、美味しい肉や野菜や魚介がたくさん取れるのに、それを紹介する場所がなく、運営が出来なくなって廃業しかけているところが、いくつもあった。
奥田さんは、それらを次々に東京の有名レストランへ持っていき、紹介し、注文を取り付けた。
庄内の産業は、うなぎ登りに活気付いた。
庄内の人々はみな、奥田さんを「シェフ、シェフ」と呼び、親しんでいる。「こんなに働く親善大使はいないょ」とみな口を揃えていう。
いや~( ´∀`)大変な苦労もされてるけど、理想的な生き方をされてるなと思いました。
私も、頑張ろう



