雨の降りしきる中、甥っ子の結婚式に
参列しました。
お相手は11歳下のナース。昔だったら、「犯罪」と言われそうな歳の差です。
乾杯と同時にいただいたオードブル
あとは撮影するのを忘れました(^^;
甥っ子は、今はホームに入っているママン(私の実母)と
6,7年暮らしてくれました。
その間、ママンが急性心筋梗塞で倒れたり、本人が胆嚢を
取る手術を受けたり。
認知症がジワジワと進むママンと関わる生活が負担だったのか
円形脱毛症になるほど、誠意を尽くしてくれました。
ホーム入所の時は兄嫁と一緒に荷物をまとめ、この時は
新婦が仕事柄テキパキとサポートしてくれたようです。
ありがたい。
新郎の父である私の兄は、この日を楽しみにしていたのですが
病気がかなり進んで列席できず
「一番出て行きたい時に傍にいることができず
本当に悔しい」
という手紙を兄嫁が読んだとき、家族と親族は
涙を止めることができませんでした。
新郎の締めくくりのスピーチは、これから家長としての
決意も力強く、病床にある父への感謝のくだりでは
こみ上げるものを押し殺していました。
ああ、お兄ちゃん、あなたは立派な息子を残したね。
あなたのお嫁さんは、代役を健気に勤めてたし
そのご兄弟だって、愛情にあふれた眼差しを注いで
くれていたし、あなたとの思い出を妹の私に暖かく
伝えてくれた。
新婦のお母さんは8人姉妹(!)。
この伯母さんたちの和やかさは、格別で
この人々の暖かさに、私はずいぶん慰められたよ。
60歳を過ぎると人間の真価について気づきを重ねます。
成功とか自己実現の意味について、考えます。
テーラワーダ仏教には「慈悲の瞑想」というのがあります。
https://j-theravada.net/world/metta/
甥っ子夫婦への祝福はもちろんですが、会場に
参列された方がたへ、この言葉を送ります。
そして私にも。