穀物が人間を必要とする理由⁇
人間本来の食性にたどり着くには~現在の食糧環境を反対側からの視点に立った考えで観てみると良いのではないでしょうか⁉
穀物で例えれば、勢力拡大戦術その① ~穀物自身が捕食対象の中で消化吸収される際に依存性物資を発生して捕食者の嗜好性を獲得する。
勢力拡大戦術その②~食物連鎖の関係においても穀物捕食者間同士で強烈な嗜好的依存度(肉食・畜産・養殖体制)を発現させる。
勢力拡大戦術その③~最大の依存関係を獲得するために、最大捕食者の本来の食性対象の供給源(この場合は森林など)を乗っ取る(焼き畑や伐採後の放牧地化で乗っ取らせる)ことにより穀物の最大生産体制である肉食・畜産・養殖の環境整備が、加速度的に広まり整ってしまっています。
植物である穀物が、ここまで捕食者に対し食性の選択において誘導的な戦略を発動し勢力拡大戦術を実行できるのか、疑問視するのは当然の内容でありますが、果物もまた人間(類人猿)の進化と脳力獲得の過程で計り知れない恩恵と友好的な共生関係を築き上げて来たことは容易に想像がつきますし、感じ取ることが可能だと思います。
トニー・ライトの『レフト・イン・ザ・ダーク』によると~以下転載文
人類はその進化(退化)の過程で脳の左半球が優位になったようだ。森のフルーツを主食にしていた人類の先祖は、果物に含まれる化学物質により脳を急速に拡張させた。脳の左右の半球をバランスよく使う全脳タイプだった。ところが、なんらかの事情で森を追い出された人類の祖先は、食生活の変更を余儀なくされた。肉など雑食になり、やがて農耕(穀物栽培)・加熱調理するようになり、脳は萎縮に転じ、左半球が支配するようになった。
~転載の終了。
伝統的な傾向として・・・
西洋人には、記憶の根源にアダムとイブの悲劇がインプットされているためなのか人間の本質を性悪説的なものとし認識されるケースが多く非常に残念に思えるのです。
人類の祖先は森を追い出されたのではなく、森や果物にとってノアのような使命を果たすために、自ら楽園より旅立つことを決めた勇者であってほしいと願いたいですね~
人間が自然淘汰される事なく、こうして今も存在できている理由は、新たな能力の獲得とそのスキルを共有化する特性に優れていることに他ならない事であり、情報ネットワーク社会の発達レベル如何では、この地球における生命種としての本来の役割りに回帰し、目醒める絶好のチャンスとなるのかもしれませんね。
私達も含めて、人間は自然界に対して自分達の生存権の主張を推し進めるに当たってバランスを欠いた結果に陥る、望まない展開に焦燥感を拭い去ることが出来ないでいましたが ~
単一種に過ぎないヒトが、総ての地球環境に対する単一支配者であるかのような、錯覚と重圧感から解放されて、本当に望むべき時代の早期到来を迎えることが出来ますよう、同じ志しと遺伝子を持つ同胞達の活躍に期待感が膨らまずにはいられません…。
同じような思いを綴られている記事に、つい嬉しくなり長々とコメントをしてしまい申し訳ありません❗️
長文にお付き合いくださり、ありがとうございました。m(_ _)m
人間本来の食性にたどり着くには~現在の食糧環境を反対側からの視点に立った考えで観てみると良いのではないでしょうか⁉
穀物で例えれば、勢力拡大戦術その① ~穀物自身が捕食対象の中で消化吸収される際に依存性物資を発生して捕食者の嗜好性を獲得する。
勢力拡大戦術その②~食物連鎖の関係においても穀物捕食者間同士で強烈な嗜好的依存度(肉食・畜産・養殖体制)を発現させる。
勢力拡大戦術その③~最大の依存関係を獲得するために、最大捕食者の本来の食性対象の供給源(この場合は森林など)を乗っ取る(焼き畑や伐採後の放牧地化で乗っ取らせる)ことにより穀物の最大生産体制である肉食・畜産・養殖の環境整備が、加速度的に広まり整ってしまっています。
植物である穀物が、ここまで捕食者に対し食性の選択において誘導的な戦略を発動し勢力拡大戦術を実行できるのか、疑問視するのは当然の内容でありますが、果物もまた人間(類人猿)の進化と脳力獲得の過程で計り知れない恩恵と友好的な共生関係を築き上げて来たことは容易に想像がつきますし、感じ取ることが可能だと思います。
トニー・ライトの『レフト・イン・ザ・ダーク』によると~以下転載文
人類はその進化(退化)の過程で脳の左半球が優位になったようだ。森のフルーツを主食にしていた人類の先祖は、果物に含まれる化学物質により脳を急速に拡張させた。脳の左右の半球をバランスよく使う全脳タイプだった。ところが、なんらかの事情で森を追い出された人類の祖先は、食生活の変更を余儀なくされた。肉など雑食になり、やがて農耕(穀物栽培)・加熱調理するようになり、脳は萎縮に転じ、左半球が支配するようになった。
~転載の終了。
伝統的な傾向として・・・
西洋人には、記憶の根源にアダムとイブの悲劇がインプットされているためなのか人間の本質を性悪説的なものとし認識されるケースが多く非常に残念に思えるのです。
人類の祖先は森を追い出されたのではなく、森や果物にとってノアのような使命を果たすために、自ら楽園より旅立つことを決めた勇者であってほしいと願いたいですね~
人間が自然淘汰される事なく、こうして今も存在できている理由は、新たな能力の獲得とそのスキルを共有化する特性に優れていることに他ならない事であり、情報ネットワーク社会の発達レベル如何では、この地球における生命種としての本来の役割りに回帰し、目醒める絶好のチャンスとなるのかもしれませんね。
私達も含めて、人間は自然界に対して自分達の生存権の主張を推し進めるに当たってバランスを欠いた結果に陥る、望まない展開に焦燥感を拭い去ることが出来ないでいましたが ~
単一種に過ぎないヒトが、総ての地球環境に対する単一支配者であるかのような、錯覚と重圧感から解放されて、本当に望むべき時代の早期到来を迎えることが出来ますよう、同じ志しと遺伝子を持つ同胞達の活躍に期待感が膨らまずにはいられません…。
同じような思いを綴られている記事に、つい嬉しくなり長々とコメントをしてしまい申し訳ありません❗️
長文にお付き合いくださり、ありがとうございました。m(_ _)m