前回の記事の最後で「トランサーフィン」の極意について、以下のようなメッセージを綴って終了しておりましたが・・・
振り子の本質を理解し選択する自由は、いつも私達の中にあって決意がそれを現実にする~
つまり・・・
振り子の影響から解き放たれた生き方へとシフトするために「脳内をニュートラルな状態にリセット」できた状況に立ち
自身のシナリオを選択・決定するという自分の権利を意識して行使すれば
素晴らしいものを受け取る状態へと移行し、心から望むものはすべて達成できる
という「魔法使いの法則」を超手短かに解説したキャッチコピーだったのですが
最もインスピレーションを受けたメッセージは、こちらにも紹介されていますので転載させていただきます。
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あなたの魂は、希望と信頼に満ち満ちて、この世界に
あなたの魂は、喜びを求めて、この世界にやってきた
ところが、やってきた魂はすぐに服従させられ、こう吹き込まれてしまった。
「この世界では誰も魂の到来を待ち望んではおらず楽しいことは何もなく、パンひとかけらのために辛くて汚れた仕事をしなければならないのだ。 富める者には富める者なりの別の問題がある。富める者も貧しいものに劣らず苦しむのだよ。」と。
あなたの魂は、苦しむためにこの『物質世界』にやってきたのではない。
しかし、魂は自らの能力を発揮できずに閉じ込められることになった。
あなたが、幸福な選択をする権利をうまく行使できないようにするために、あなたにしつこくネガティブな幻想を見せはじめたのは、 「振り子」と呼ぶ「エネルギーの情報体」であった。
「振り子」は、人間集団の全体的な想念や行動によって産み出される。 同じ方向でものごとを考える人々の集まりは、「エネルギー情報体」をつくり、自らの決まりによってひとりでに成長し歩み始める。
それぞれの「振り子」は、その者の「思考」を占領し、人の痛いところを突いたり傷つけたりして、その者のエネルギーを自らに取り込むことにより生き延びていた。
人は「振り子」からの挑発に無意識に反応する。 人は機械的に、不安、恐怖、いらだちなどに屈し、習慣的に不満や怨みを口にし、いとも簡単に憂鬱にとらわれ、障害によって全身を緊張させる。
時折りやって来る「絶対的な幸福感」の狭間で揺れる 魂は破壊的な「振り子」の言いなりになるべきではないとあなたに訴えた。
「振り子」から解放されることを望み、あなたが最も素晴らしいものに値するということを、つねにあなたに思い出させようとした。
もし誰かから、あなたはほかの誰かか、何かの幸せのために苦労する義務があると吹き込まれても、信じてはいけない。
もしこの世界にあるすべては、粘り強い努力によって獲得されることを、理路整然と説明されても、信じてはいけない。
もし日の当たる場所を求めての過酷な闘いを押しつけられそうになっても、信じてはいけない。
もし身のほどをわきまえるようにと言われても、信じてはいけない。
「振り子」にとっては人々を支配下に置いておくことが有益なのだ。 「振り子」は自分の信奉者たちを自分の意志に服従させ、自分の利益のために思考させたり行動させたりする。
人々が、不満、いらだち、怒り、不安、恐怖などの感情を表したり、「振り子」どうしの闘いに参加したりすると、「振り子」はエネルギーを受けとって大きく揺れ動くことに成功する。
「振り子」の支配権は強力ではあるが、もしあなたがあなた自身のシナリオを選択・決定するという自分の権利を意識して行使すれば、「振り子」は邪魔することができなくなる。
あなたとは縁のない「振り子」のための仕事に一生を捧げるか、それとも自分の喜びのために生きるか、あなたが決心するだけの話なのだ。
もしあなたが喜びを得る方を選択するのなら、あなたの自由を拘束している「振り子」から解放される為にあなたの目的と、あなたの扉を見つけなくてはならない。
あなたの目的へと続く道には高い壁がそびえ立っているという説明をすれば、あなたはいとも簡単に信じてしまうだろう。
しかし目を覚まして幻影を振りはらおう。 もしあなたが意識して自分の権利を行使すれば、ゲームはあなたの決まりに従って進むことになる。
あなたには最も素晴らしいものを受け取るだけの価値があり、心から望むものはすべて達成できるのだ。
そうすることを、誰もあなたに禁じてはいない。 (引用を終了)
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振り子の影響は何も人間同士の間に限られた事では無く、自分たちの遺伝子の拡散のために人類を利用しているかもしれない「動けない植物」が「脳内ホルモン」を媒介にして行動を支配していると考えても不思議ではありません。
現代の私達の生活でもそうですが、植物は存在自体が見事に資本主義に取り込まれていて、たとえば植物は都市部では基本的には「買ったり、売ったり」するものです。花屋なんかがあり、輸入や輸出や栽培といったビジネスにもなっています。これらは食べるためのものではありませんが~「どうしてこんなことになったのか」ということを考えたときに、植物は基本的に動けないという事実に思い当たります。つまり、自分で種や遺伝子を拡散したくても、風雨や捕食動物の移動能力では限度があるということです。
そして、「だったら動くものの勢力範囲を発展させて自分たちの世界を拡大させればいい」と、植物が人間を利用して自己の増殖を試みてきたような気がいたします。
船で航海し、飛行機を飛ばし、人間は地球上の非常に遠いところまで効率的に行き来して、そして植物や動物もそれに載せて移動できるようになることで、植物自身の移動手段では難しい距離を人間が運んでくれるようになりました。
やり方が巧妙でしたたかですが、植物は人間を精神的に支配できる手段を持っているのだと思います。人が植物を見ることに金銭的価値を見いだすようになったのは、それが理由なのでしょう。お金が絡んだほうが現在の人間は真剣になりますから。
「こいつらは金が絡めばオレらのために働く」と植物は看破しているのかもしれませんね。
人類の歴史上、穀物を栽培し主食としてきた食性に支えられ発生した、文明の起源が氷河期が終わった一万年前より、現代へと続く繁栄を可能にしてきた過程において、穀物の果たした役割りは、絶対的な求心力と価値観を共有し得たということにおいては、最大のエネルギーを持った振り子として歓迎され機能してきましたが~
現代社会の未来を思い描いた場合、止まることなく破壊的かつ中毒性を強めた振り子の影響力は、今後もますます増え続けて、他人ごとでは済まされない時代に差し掛かっていることを認識せざるを得ない状況になっていくことが予想されます。
そんな
破壊的かつ中毒性を強めた振り子のアリ地獄から這い上がるためのスキルとも言える~振り子の影響から解き放たれた生き方へシフトする、「脳内をニュートラルな状態にリセット」できた状況へ立ち戻るには、どすれば可能なのか?について次回お伝えできたらいいなと思っています。
「風の谷のナウシカ」より
Nausicaa of the Valley of the Wind
久石 讓さんのピアノには癒されますね…