五輪塔






五輪塔は真言宗開祖「空海」によって 考え出

された墓塔とされている。

[以下引用」

石造五輪塔は 平安後期から造られている。数ある墓塔形式
の中でも最も親しまれている
墓塔であり、供養塔といえば五輪塔と言われるほど主流とな
っている。五輪塔は方形の
地輪、遠景の水輪、三角形の火輪、半円形の風輪、団形の
空輪から成る。一般の塔婆と
比較すると、地輪は基礎、水輪は塔身、火輪は笠、風輪は請
花、空輪は宝 珠に相当する。
基礎は背の低いものほど古く、鎌倉以降では高くなる傾向に
ある。塔身は背が低く、やや
角ばった球形のものが古く、鎌倉中期以降のものは下半 身
がすぼまった壷型をしている。
笠も背が低いものほど古い。鎌倉期のものは軒が厚く、軒反
りを見せ、軒口を垂直に切る。
時代が新しくなると背が高くなり、 軒は薄く、軒反りも上端だ
けを反らし、軒口は斜めに切
る。請花・宝珠は一石で造り、重心が低いものほど古く、重心
が高く側面に垂直面のあるも
のは新しい。



 五輪塔各部の名称  

五輪塔 京都 

■ 五輪塔は真言宗開祖「空海」によって
考え出された墓塔とされている。
 
空海は、この宇宙は六つの構成要素から成り立つとした。
これを「六大体大」
と呼ぶ。「六大」とは「地・水・火・風・空・識」の六つの存在
要素を指し、このう
ち「地・水・火・風・空」の五つを「五大」といい、物質的な存
在を表す。。

  「地」は大地であると同時に、固体を表す。
  「水」は流れたり、移動したり、下降するもの、
つまり水や液体を表す。
  「火」は燃え上がり、上昇するものであり、
  「風」は動く気体を表す。そして、
  「空」は空間を表している。
 

この「五大」に、精神的な存在である「識」が加わって
「六大」となる。「識」と
は認識作用のことで、
宇宙は物質だけでなく、そこに
認識作用が加わって
はじめて存在するとされる。
空海は「識」のことを「智」とも「覚」とも「心」とも
言っているが、つまりは我々の精神活動を言っている。
また、全ての物質
の形は
宝珠・半円・三角・丸(玉)・四角の五つの相で
成り立つとし、これら
を組み合 わせることに
よって五輪塔の形を作り上げた。

また、人間も小宇宙であり、五大要素によって構成され
ているとし、

   地輪(方形)=体
   水輪(円形)=血液
   火輪(三角形)=体温
   風輪(半円形)=呼吸
   空輪(宝珠形)=これらがうまく融合した状態の
ことである
と説いている。

 

五 大は人間の五体、つまり人を表し、大自然その
ものを表している。
墓塔の五輪塔は、この宇宙観から生まれた。墓石
に「五大」の「地・水
・火・風・空」を表 し、宇宙=人間を表現する。ここに
「識」が加わって
はじめて宇宙=人間が成り立つのである。つまり、召
還=お性根入れ
=開眼法要を行うことによって、「六 大」が完成する
わけである。新し
く墓石を建立したとき開眼法要を行うのは、墓石に心
=魂を入れるこ
とに外ならない。そうしてみると、墓石には「魂」、 「心」
が宿っている訳
であるから、決して粗末には扱えない。また魂がある
からこそ、そこに
「相」を見ることもできる。正しい「相」を見ようとすれ
ば、純粋 無垢な白
色系統の石材が好まれるのは当然の事と言えよう。
また、「相」が現れ
なくなるということは、墓としての「力」が弱まってき
たことを示す。
つまり、墓は生きているということである
 

五輪塔は、それまでの宝塔・多層塔・宝篋印塔等と比べる
と、形が簡潔であると共
に五輪塔の意味するものが真言密教に限らず他の宗派に
も理解され、鎌倉末期
以降には僧侶や武士の間で多く用いられてきた。例えば、高
野山には巨大な五輪
塔 が数え切れない程建立されている。初期の五輪塔に
は、梵字の『キャ・カ・ラ・バ
・ア』と彫られているが、後期になると『南無阿弥陀』、或
いは『南無妙法蓮 華経』と
いう漢字が彫られている。

 

近代では、五輪塔は宝篋印塔と共に合祀供養塔として

使われることが多くなった。

従って本来は五輪塔も四方正面となる。宝篋印塔の四

方に四仏を顕すのと同様

に、四面にそれぞれ性格がある。



   東を
発心門といい、五輪の梵字は『キャ・カ・ラ・バ・ア』
   南は
修行門といい、『キャー・カー・ラー・バー・アー』
   西は
菩提門といい、『キャン・カン・ラン・バン・アン』
   北を
涅槃門といい、『キャク・カク・ラク・バク・アク』となる。

しかし、今日のように
先祖の供養塔として用いる場合は一

方正面とし、正面からだ

け拝むようにするのが自然となっている。正面には梵字『キャ・

カ・ラ・バ・ア』を入れるが、

宗旨によっては『南無阿弥陀仏』、『南無妙法蓮華経』、

『空風火水地』等と入れる。

 

■ やぐら
 
この頃、鎌倉では「やぐら」が 見られる。鎌倉時代の鎌倉武
士・僧侶の埋葬法は
「平地埋葬」と「やぐら」があり、寺院等での「平地埋葬」では
五輪の卒塔婆を立
て、周囲に土居を巡らして墓 域であることを示す方法と、三
方を取り囲む丘陵地
に無数の岩穴を開き、火葬された遺骨をその中に納め供養
の印として小型の五
輪塔を納める「やぐら」の方法 があった。また、岩壁には金
箔を使った極楽浄土
の絵が描かれたものもあり、「百八やぐら群」・「瑞泉寺裏山
やぐら群」等が残っ
ている。しかし鎌倉幕府が滅 び、武士たちが鎌倉を離れると
「やぐら」は急速に
減っていく。他にも茨城県加波山神社社殿裏の松林からも同
様の小型五輪塔が
数十基発掘されているが、それ ぞれの五輪塔が一人一人の
墓、供養塔ではな
く、
一族、地域の人々の供養のために奉塔したものであろうと
考えられている。

宝篋印塔は、美しさと厳しさを兼ね備えた隙のない墓だと言っ
たが、五輪塔は、穏
やかで気品と落ち着き・安心感のある墓塔だと言えよう。

【著名人の五輪塔】
 
作家で99才まで創作活動をした「野上弥生子の墓」
は、鎌倉市東慶寺にある。

『真知子』『迷路』『秀吉と利休』等が知られる。。

 
『雨ニモ負ケズ‥‥』の詩で知られる「宮沢賢治の墓」
は、岩手県花巻市身照

寺にある。生涯独身を通した賢治は、親に反抗し法華
に改宗し
た。墓は弟清六によって建立されている。



 
浄土宗の開祖法然上人の墓 は京都市右京区二尊
院にある。
廟型式のため

中を見ることは出来ないが、高野山にある墓は五
輪塔で建て
られている。法

然は岡山県久米郡久米南町稲岡庄で生まれた。
生家跡には
二十五菩薩練

供養で知られる誕生寺が建つ。

 
浄土真宗の開祖「親鸞聖人の墓」は多数あるが、京
都市東山
祟泰院には五輪

塔が、また高野山にある墓は宝篋印塔で建てられて
いる。8歳
で両親と死別

し、9歳で出家した親鸞は悪人正機を唱え、大衆に支
持された
思想家・宗教家であった



 
この他にも徳島市興源寺には蜂須賀正勝、大田区洗
足池には
勝海舟、東京都

豊島区本妙寺には
遠山金四郎、京都市豊国廟豊臣
秀吉
、また中村雁治郎

谷川一夫
鶴田浩二 など。
























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