エドガー・ケイシーの
エネルギー医療についての再考察
神経再生への興味は、今から1800年前のガレンの著述まで歴史をたどることができる。その後、今日までの世紀にまたがり、このテーマは散発的な注目を引いただけであったが、この2、30年の間に末梢神経系(PNS)の再生に飛躍的な進歩が見られた。現在、数種類のPNS再生法が実行されているが、基礎的なアプローチとしては電界の使用、シュワン細胞による誘導、神経成長栄養因子の投与の3つがある。
末梢神経再生法とは対照的に、中枢神経系(CNS)の修復には厄介な問題がある。ある種の魚類、両生類、爬虫類と無脊椎動物に対するCNSの再生についての記録はあるものの、一般にヒトのCNS再生については、既存の医療技術を用いて行うことが可能であるとみなされていない。しかし、CNS治療に対する将来のアプローチは、ヒトのCNS再生における旧来の障壁を打ち破り、新たな展望を開く可能性がある。
慢性神経系疾患に用いられるエドガー・ケイシーのエネルギー医療についての再考察
エドガー・ケイシー(1877-1945)はアメリカ医学会誌(JAMA)の論説において、現代のアメリカにおけるホリスティック医学運動の発展に最大の影響を与えた人物であると定義付けられている。40年以上もの間、ケイシーはソファに横たわり催眠状態のまま人々へ情報を提供し、質問に答えた。ほとんどの場合、これら催眠状態のケイシーによる言葉、いわゆる「リーディング」は、助言を求める人々の健康問題に向けられた。「リーディング」は神経疾患についての多くの事例を含み、内科的疾患のほとんどすべてを網羅している。
病因学と病理生理学による解釈を別にすると、ケイシーのリーディングの中で最も興味深い点は、簡単な技術を精神的および霊的に正しい態度で辛抱強く継続することによって、PNSとCNSの両方の神経系統再生が可能であることを繰り返し説いたことだろう。
たとえば、脳疾患に対する神経系統の再生についてケイシーは次のように主張している。
「(金または銀を用いた電気療法の)原理は、振動力を変えるということである。様々な状態の金と銀を正しい操作で与えることは中枢神経系に作用するだろう。中枢神経の排出機能と協調し、様々な段階で中枢神経に対し骨病理学的または神経病理学的な操作を行い、病状に応じて必要とされる忍耐、示唆、活動を実行すれば、新しい脳に近いものが創造されるだろう。」
ケイシーが薦める神経系再生の治療計画は上述の定義と一貫している。いくつかの電気療法、多くの場合は簡単な化学電池(湿電池-ウエットセル)を、回路に組み込まれた薬剤溶液と共に使用するというものである。マッサージ、脊髄の触診、催眠暗示、祈り、瞑想、食餌療法といった他の治療手段は、電気療法が統合的な効果をあげるための補助として薦められている。
湿電池(ウエットセル)とは、容積2ガロンの容器に銅板とニッケル板を蒸留水、硫酸銅、硫酸および亜鉛の溶液の中に吊り下げた化学電池である。電池回路は通常、塩化金、硝酸銀、カンフル油またはヨウ素の入った「溶液瓶」に組み込まれている。
ワイヤによって電池に接続された銅板とニッケル板が、患者の脊柱と腹部の特定の部位に付着される。患者の病気の性質と状態によって、溶液の種類と付着する身体部位が異なってくる。ケイシーは、この装置が「溶液瓶」の中の薬効成分を振動させ、神経系に振動が伝わると述べている。ケイシーの電気療法の原理は、(消化管による正常な消化、同化作用を飛び越えて)エネルギーと薬物の振動を人体に直接導入することである。ケイシーは「振動によって薬剤を投与することは経口などの直接投与に比べ、副作用が軽減されるためより安全である」と述べている。
湿電池本体はおよそ20~35ミリボルトの範囲内で弱電流を作り出す。興味深いことに、これは人間の表皮で計測される電位値の平均範囲である。 ケイシーは、このような「低電流振動」は人体のエネルギーより過大にならず、同レベルで作用することを力説した。基本的に電池の働きは、人体に記号パターンを送り込む情報システムとみなすことが出来る。
もうひとつの精妙なエネルギー装置は「放射電気装置」と呼ばれるもので、湿電池ほど頻繁ではないが、ときおり神経疾患の治療に推奨された。ケイシーによると、この装置は身体の精妙なエネルギーを通して循環系と神経系のバランスを取るために使用される。この装置を用いた二重盲式試験から、放射装置の定期的な使用が手足の血流を促進する可能性があることが示唆された。マクミランとリチャーズ
は、放射装置と湿電池の理論、構造、応用について詳細に記述している。
ケイシーの存命中に数例の患者がケイシーのアプローチから恩恵を得たとみなされるが、ほとんどの症例はごく簡単に記録されているに過ぎない。ケイシーが1945年に没してから数十年間、おびただしい数の人々がケイシーのリーディングに基づく治療法の有効性を主張してきたが、大部分の逸話は公式に発表されていない。この再考察では、出版された事例報告だけに焦点をあてる。後述の討論では、これらの事例証拠の方法論に言及する。
筋萎縮性側索硬化症
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は運動能力のはなはだしい喪失を特徴とする、原因不明の進行性成人発症型運動ニューロン疾患である。ALSはまたの名をルー・ゲーリッグ病としても知られており、通常、発症後2年から5年のうちに呼吸不全による死をもたらす。現在のところ治療法はない。標準的な治療と管理は、ある程度までの症状の軽減と延命に向けられている。
BAARはALSの2症例において有意な症状の反転を報告している。秘密保持の観点から、事例には番号をつけて解説してある。
事例 2113番
この男性は1992年、44歳のときに発症した。右足のひきずり、歩行の不安定、右腕の脱力、痙縮、過労という症状がみられた。神経学者によって1993年に筋萎縮性側索硬化症との診断が下された。電気診断による検査結果は診断と一致していた。患者によると、1993年に下された予後診断は、「1年以内に車椅子の生活となるだろう。2年以内に死に至る確率は50%、5年後に生存していたら(診断を下した神経学者)は彼の靴を食べてもいい(と言えるほど確率が低い)」というものだった。
この男性は1994~96年の24ヶ月間湿電池を使用した。(1日の使用時間は45分から60分。)主に栄養補助剤、キレート療法、アマルガム除去など、他の代替医療も用いた。1993年にALSの診断が下されてから約1年間は病気が進行した。患者は1996年春に症状の進行が減少したことに気付きはじめ、2年間の電気療法を完了した時点で症状は完全に反転していた。
事例 7761番
この男性は1996年の12月に発症し、1998年8月にALSの診断が下された。 初期症状は左腕上部と左肩の繊維束性攣縮であった。繊維束性攣縮は左脚の脹脛にも見られるようになり、やがて右脚の脹脛にも現れた。左腕と左肩の筋肉に重篤な萎縮が現れ、次第に身動きが取れない状態となり、わずかな機能が残されるのみとなった。
1998年の9月、彼は湿電池を1日1回、30~35分ずつ使用し、その後30~45分間のマッサージを行うという治療を受け始めた。その他の補助療法として放射電気装置を毎日30分使用し、紫外線療法を2週間に1度受け、食生活の改善、栄養補給剤の摂取を行った。
この患者は1998年の後半にグルタミン酸拮抗薬リルテック(リルゾール)と抗痙攣薬ニューロンチン(ガバペンチン)を服用し始めたが、副作用のため1998年12月に投与を中止した。患者は1999年の1月に病気の進行が止まったと報告した。1999年3月までに「筋肉の回復、持久力および柔軟性の増加」という好転が見られた。
球脊髄性筋萎縮症
球脊髄性筋萎縮症(SBMA)は、進行性の珍しい遺伝性運動ニューロン疾患である。SBMAは近位筋の脱力、萎縮、筋収縮などの特徴をもつが、ALSと類似しているため、散発症例の2%がALSと誤診されている。
1991年にALSと誤診されたデヴィッド・アトキンソンは、明らかにこの2%に含まれる例であった。その後、ペンシルヴェニア大学医学部
において確定検査を受け、1997年にSBMAであると改めて診断された。ALSと診断された当時、彼は頭部を固定するため首にギプスをはめ、固形食物を飲み下すことが出来ないため流動食を取っていた。更に歩行も困難となっていた。
アトキンソンは、運動ニューロン疾患の患者にケイシーが与えたリーディングに基づく治療計画に従い、湿電池療法、マッサージ、脊髄触診、精神的・霊的治療(前向き思考、祈り、聖書研究)を行った。それに加え、ケイシーがリーディングの中で指定したように、金の溶液の塩化物を少量、経口摂取した。
14ヶ月連続でケイシーのリーディングを基にした治療計画を実行した後、アトキンソンは有意な症状の逆転を自覚したため、湿電池治療を中止した。 現在、彼は様々な土地で自らの体験を語り、神経疾患の治療にケイシーのアプローチを採用することを考えている人々を支援している。(アトキンソン、1998年) アトキンソンの事例についての詳細は、BAARの症例報告114番に盛り込まれている。
多発性硬化症
多発性硬化症(MS)はCNS の慢性炎症、脱髄という症状を含む難治性の神経疾患である。バランス障害、協調困難、衰弱(特に脚部)、視覚障害、疲労、膀胱と大腸の障害、認知障害、情動障害をもたらす。大部分のMS患者は再発を経験し、進行性の機能障害を起こす。
数例の患者が、ケイシーのアプローチを実行することによってMS の症状が改善され、生活の質が上がったと報告している。その中で、MSからの回復について著書を出版したダドリー・デラネーがもっとも有名な存在である。デラネーは1991年に初めてMSの症状に気付いたと述べている。彼の症状は、しびれ感、視力障害、嚥下障害、振戦、筋痙攣、抑うつ感、疲労、記憶力減退、発話不明瞭、膀胱機能障害などであった。 デラネーはMS症状を自覚してから数ヶ月以内に、放射装置で振動させた金、マッサージ、周到な食餌療法を中心とするケイシー療法を開始した。2年以内に症状が消失したとデラネーは述べている。
別の有名なMS事例は、MSと診断された医師についてのものである。レイ・ビョークは、40年間におよぶMSの治療に相補・代替医療(CAM)モデルを使用した。MS症状を緩和させるあらゆる医学的治療を受けるとともに、ビョークは様々な代替療法を実行した。 ケイシーの湿電池治療とマッサージのほか、アトミダイン(ヨウ素補給剤)、腹部のひまし油湿布といった、リーディングに基づく他の治療法を試みた。特に、ビョークに対しては2つの補完アプローチの組み合わせが顕著な成功を見せた。ケイシー療法とシアラー療法との組み合わせである。シアラー療法は、筋注と経口による栄養補助、食餌療法、エネルギー温存、ストレス管理を行う。これらの療法を併用することで、ビョークは「私はまだMSに罹患しているが、症状は消えている。症状の消失はMSの進行と同じように知らない間に起こっていた。症状の消失にもMSの進行にも劇的な展開はなかった。私はシアラー療法とケイシー療法の併用によって仕事を続けることができ、仕事以外の面でも活動的に生きるエネルギーを得ている。」と報告している。ビョークは症状の寛解と生活の質の向上について、すばらしい臨床報告を提供している。
これらの個々の事例に加え、メリディアン・インスティテュートはMS(9例)についてケイシーモデルを用いた小規模な予備的研究を行った。1996年9月、被験者は10日間の入院治療とトレーニング・プログラムを受けた。その後、被験者は帰宅し、引き続き治療を行った。 9例のうち7例は、6ヶ月後の1997年3 月、週末にメリディアン・インスティテュートを再訪し、進展を評価するフォローアップに参加した。フォローアップに不参加であった2例のうち1例は、初期プログラムの実施直後に発病したため、在宅治療を行うことができなかった。もう1例は治療の一部を実行し、ある程度の成功を報告しているが、フォローアップのために戻ってくることができなかった。フォローアップを受けた7例のうち1例は、フォローアップの2ヶ月前に治療を開始している。
実験のプロトコールには、金とアトミダインを用いた湿電池装置、マッサージ、食餌療法、精神的・霊的治療が含まれた。身体症状は、自律神経系の生理学的測定(電気皮膚反応と心拍変動)と主観調査によって評価された。精神的、感情的、霊的状態は主観調査によって評価された。
プロトコールを一貫して実行した被験者(十分または完全に実行した例はなかった)を平均すると、主観的な症状チェックリストと質問票、客観的な電気皮膚反射測定の両方において、6ヶ月間に中等度の改善が示された。7例のうち3例では大幅な症状の改善が見られた。症状の改善率は、典型的なケイシー療法の予後と一致している。3年後のフォローアップでは、1例のみがプロトコールを継続しており、治療に対する良好な反応を報告している。
パーキンソン氏病
パーキンソン病(PD)は(大脳)基底核の慢性難治性神経疾患で、振戦、筋硬直、動作の緩慢、歩行不安定などの特徴がある。薬物療法により数年間は症状の進行を抑えることができるが、進行性の病気であるため、標準的な薬剤の効能は時間の経過とともに減少する。
メリディアン・インスティテュートは、ケイシーモデルを使用してPDに関する小規模な予備的研究を行った。研究の形式は前述のMSプロジェクトとほぼ同様であった。1996年11月、10例のPD患者が研究に参加した。10例の被験者のうち9例は、4ヶ月後の1997年3月の週末にメリディアン・インスティテュートにおいて進展を評価するフォローアップに参加した。
身体症状は、自律神経系の生理学的測定(電気皮膚反応と心拍変動)および主観調査によって評価された。精神的、感情的、霊的状態については主観的なアンケート調査によって査定した。プロトコールを一貫して実行した被験者(十分または完全に実行した例はなかった)を平均すると、研究者の観察と患者の主観調査の両方において、4ヶ月間にPDの症状に軽度ないし中等度の改善が認められた。軽微な症状の多くが改善を見せたのは興味深い。たとえば、被験者2例が嗅覚の回復を、1例が色覚の改善を報告している。数例の被験者は、顔の表情でより感情を表現できるようになり、振戦が減少したと報告している。3年後の追跡調査では、プロトコールを継続していたのは1例だけであったが、この患者は症状の有意な改善を報告している。