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『モナリザ』はパリのルーブル美術館にある。この美術館のこの絵の前に立って、まず驚くことは、いつもたくさんの人で混み合っているということだ。いまでは撮影禁止だが、以前はこの絵の前に携帯電話のカメラを掲げた観光客が溢れていた。まるで大スターである。しかもスターには人気の浮き沈みがあるが、『モナリザ』の人気は不動だ。たぶん、百年経っても、状況は変わらない。なにしろ百年前も同じように多くの人に愛されていた。
『ダ・ヴィンチ・コード』にも書かれていることだが、『モナリザ』はかつて盗難にあった。しかも、あまり知られていないことだが、そのうちの一回は、なんとあのピカソに犯人の容疑がかけられた。まだ無名に近い頃の、若い画家のピカソだ。もちろんというか、ピカソは無実だった。それにしても『モナリザ』とピカソがそんなふうに関わっているのは、歴史の偶然として面白い。美術史上の二人の天才が、リアルな世界でクロスしたのだ。
『モナリザ』には不思議な力がある。その力が、ピカソさえも、そんな形でひきよせたのか。その力が『ダ・ヴィンチ・コード』の読者を、あるいは映画の観客の心をひきつけるのか。なにしろ『モナリザ』には、特別の事件が描かれているわけでもない。女性がこちらを向いて微笑んでいる。その微笑が、永遠の謎として人々をひきつける。誰かが微笑んだ。よく考えてみれば、それはたいしたことではない。しかしそれを「たいしたこと」にしたのがダ・ヴィンチだ。微笑で世界を驚かす。とんでもない力技だ。
ダ・ヴィンチの世界は、謎めいている。文字を反転させた鏡文字でノートを記したこともそうだし、円と四角を組み合わせた中に男を描いた「ウィトルウィウス的人体図」もそうだ。『モナリザ』も『最後の晩餐』も謎は尽きない。世界のすべてはなんとかに付けられた脚注だという言い方がされるが、世界はダ・ヴィンチにつけられた脚注だ、『ダ・ヴィンチ・コード』の魅力に触れると、そんなことを考えてしまう。 |
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布施英利(ふせひでと、批評家)
1960年群馬県生まれ。美術評論家。東京芸術大学・美術学部・芸術学科卒業。同大学院博士課程(美術解剖学)修了。レオナルド・ダ・ヴィンチなどを研究。大学院生のとき二冊の著書を上梓する。東京大学医学部助手(解剖学)を経て、2003年より東京芸術大学美術学部助教授(美術解剖学)
撮影協力:サンタ・マリア・デレ・グラツィエ教会 |
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