東京・上野の国立西洋美術館で、美術展「ロダンとカリエール」を開催中だ。近代彫刻の父オーギュスト・ロダンと画家ウジェーヌ・カリエールの交流を軸に、彫刻や絵画、素描など両巨匠の約140点を紹介。大理石や石こうによる“白いロダン”と呼ばれる傑作群が日本初公開され、カリエールの連画3点が110年ぶりに一堂に会するなど、大きな話題を呼んでいる。
本展を、美術をこよなく愛する作家、伊集院静さんが訪れた。両巨匠の「手と精神」があふれる会場で、感嘆し、黙考し、メモを取りながら、作品をつぶさに見て回った伊集院さん。“最後の無頼派”の異名をとる作家が、ロダンとカリエールの魅力を自在につづった。
◇遠い日、母に抱擁されていたであろう時間を想った
新緑が初夏の陽差(ひざ)しにまぶしい午後、上野の国立西洋美術館に“ロダン・カリエール展”を鑑賞に出かけた。
オーギュスト・ロダンはパリのロダン美術館を何度か訪れたこともあり、彼の偉大な彫刻の作品は目にしていた。ところが画家ウジェーヌ・カリエールは名前も作品も知らなかった。仕事場の資料で調べてみると20世紀フランスの象徴主義の中心に存在していることがわかり、数点の作品を見て、「貴品」の漂う印象に興味をひかれた。これは本物を見てみようと出かけることにした。
私の絵画鑑賞法は、本物を見る。それだけで何かが絵画から伝わってくる。……綺麗(きれい)だ。楽しい作品だ。まぶしい絵だ。哀(かな)しい……。絵を見た瞬間に私たちの胸の内が揺れ動くこと。それが一番大切で、そうさせてくれるのが本物の絵だ。その後の画家の人生、作品、時代背景を識(し)ることは絵画の精神性、哲学を学ぶことだ。
会場に入ると、まずは巨匠ロダンのゆるぎない彫刻が目に飛び込んできた。ロダンは巨人である。繊細と強靱(きょうじん)を合わせ持つ作品を次から次に送り出したロダンは近代そのものだと言える。ロダンの彫刻は人の内面を熱くさせる。その熱くなった身体で、今回の二人展と呼んでいいもう一人の主役、カリエールの作品の前に立った。身体が冷めていく気がした。
カリエールの絵画には静寂があった。さらに眺めていると少しずつ熱気が迫ってきた。特に「母性」「母の接吻(せっぷん)」「愛情」と続く作品群には画家が見つめ、探求し続けた普遍の愛が伝わってくる。私はしばしこの作品群の前で立ちつくした。母の我が子に対する愛は惜しみないものだ。なぜここまでその愛を追求したのか。画家は子だくさんだが幼児を失(な)くしていた。その追慕か? それだけではあるまい。画家は真の愛を己の中に見たのだろう。カリエールのこの作品群と並びロダンの「母親と死んだ娘」と題された作品が展示してあった。幼い娘を失くしたアメリカの婦人の依頼で制作されたものだ。これがカリエールの素描と驚くほど共通点があった。偶然とは思えなかった。
ロダンとカリエールの作品を交互に鑑賞することで二人の芸術家の慈愛を感じた。私は遠い日、母に抱擁されていたであろう時間を想(おも)った。偉大な彫刻家と画家が互いを認め合い、友情を紡いだのは、“惜しみない愛”こそが至上のものと信じていたからではなかろうか。ぜひ一度、この愛を鑑賞して欲しい。
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◇オーギュスト・ロダン(1840~1917)
「地獄の門」「カレーの市民」「バルザック像」などの世界的な傑作で知られ、「近代彫刻の父」とも称される彫刻家。代表作「考える人」は、「地獄の門」の一部として制作された。ミケランジェロやドナテルロらの彫刻に影響を受け、力強い肉体表現と大胆な造形で、既存の彫刻の流れを変えた。カリエールの絵画をアトリエに飾り、カリエール没後には記念像の制作を請け負った。
◇ウジェーヌ・カリエール(1849~1906)
19世紀後半のフランス象徴主義を代表する画家。妻や子どもをモデルに、「母性」を主題にした人物画を数多く描いた。茶色を中心とする色調と、輪郭線をあいまいにした浮遊するような画風が特徴。ロダンと終生、親交を深めたほか、同時代の象徴主義の詩人、批評家に影響を与え、マティスら20世紀を代表する画家の指導にも当たった。没後はフランスでも長くその存在が忘れられていた。
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◇上野・国立西洋美術館で6月4日まで開催
●会期
6月4日(日)まで。9時半~17時半(金曜は20時まで)。月曜休館
●会場
国立西洋美術館(東京都台東区上野公園7の7、ハローダイヤル03・5777・8600)
●入場料
一般1300円、大学生900円、高校生800円(中学生以下は無料)
主催 国立西洋美術館、毎日新聞社、TBS
企画協力 ロダン美術館、オルセー美術館
後援 外務省、文化庁、フランス大使館
協賛 大日本印刷
協力 日本航空、日本通運、西洋美術振興財団
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■人物略歴
◇伊集院静(いじゅういん・しずか)
1950年、山口県防府市生まれ。立教大文学部卒。81年に文壇デビュー。92年に「受け月」で直木賞、02年に「ごろごろ」で吉川英治文学賞を受賞。「伊達歩」の名で作詞家としても活躍し、近藤真彦さんの「愚か者」など作品多数。




