毎週数件は借金がらみの相談を受ける。精神科医として受ける相談だから、ギャンブル依存、買い物依存などの治療をということなのだが、なかなか当人は登場して来ない。まず家族を対象に「危機介入」からということになる。おかげで利息制限法やら出資法やらに詳しくなってしまった。もちろん債務整理や過払い問題については弁護士さんにお任せすることになるのだが、ご家族の相談を理解するためにもグレイゾーン金利だとか多重債務だとかについて詳しくならざるを得ない。言うまでもないが、ご家族は債務者となった息子や娘、夫や妻の借金の肩代わりをしたり、取り立てに追われたりしていてその悲惨は見るに見かねる。
割合としては微々たるものだが、ご本人が登場することもある。多くの場合、治療を勧める家族や弁護士への義理立てとしてやってくるので真の治療動機づけからは遠い。従って治療契約からのドロップアウトも珍しくないのだが、中には本当に困って来院し短期間で改善して行く場合もある。そうした人々の場合、基底に抑うつ気分が見られることが多い。ギャンブル依存者(男性が多い)の約半数が抗うつ剤に反応するという国外研究者の報告があるが、このことは買い物依存者(女性に多い)にもあてはまる。私の印象ではそれほどの高率でヒットするわけではないが、確かに抗うつ剤が有効な場合はある。しかし、より有効なのはやはり適切な精神療法、特に集団療法が併用されている場合である。
ある女性からの便りの冒頭には次のように書かれていた。「先生のミーティング(集団療法)でシェア(体験を分かち合うこと、つまり話すこと)させて頂いてから、朝夕の抑うつ感がほぼなくなりました。『それでも親を愛している』と言い切れたことが効いているんだよ、という先生の指摘は、そのとおりなのかも知れません」
この女性は30歳代後半の公務員で、2人の子どもを抱えるシングルマザーである。10年前に離婚し、6年前から呉服屋での買い物にのめりこんだ。
「駆り立てられるようでした。狂ってしまった、とは当初から気づいていましたが、結局6年間走り続けました。とうとうカードを使えなくなり、助けてもらえる人が思いつかなかったので、さいとうクリニックへ来ました。そしたら買い物はピタリと止まりました。それから2カ月になるんですが、だんだん元気がなくなってきちゃったんです。あの呉服の山は何だったのだろうと日々呆然と考えてるだけで、職場に行くのもやっとです。25年前の父の浮気と母の病的な嫉妬、耳に耐え難い口論を聞く日々。父に夢中な母は私のことが目に入らなかったんです。私は寂しかった。でも、そんなことをタネに未だに非行オバサンをしている自分が悲しいです。ホントは私、父も母も大好きなんです」と、この女性はミーティングの中で語ったのだ。
こうした抑うつの壁があるので依存症の壁を越えるのが難しい。普通はここで依存行動の再燃ということになるのだが、この女性は回復を目指して果敢に突っ込んだ。行きつけの呉服屋から誘いのeメイルが来るのを無視しているうちに封書が来た。「仕立てた着物を取りに来て欲しい」と言ってきているという。次のミーティングでそれを聞いた私は「店にはすぐに行くこと、ただしなるべくケチな友人と一緒に行くこと」と指示した。この助言が効いて彼女は新しい買い物をせずに店を出ることができた。勢いづいて他の2点で「お取り置き」していた反物を断った。今は山ほどに溜まった反物や着物を売りさばくことに精を出している。反物は買ったときの半値以下、仕立てた着物は一割しか戻らない。辛いのは店の人々の反応だ。買い物していたときは自分のすべてを受け入れてくれる親友のようだったのに、こちらが売り手に回ると冷たい。この6年、店員たちの笑顔と新品の着物を競い合う友人たちとの付き合いだけが生き甲斐だったので、寂しい。
結局、すべての依存症の根源には、この寂しさがある。それに耐えなければならないからこそミーティングが必要なのだ。
【編集部から】斎藤先生が参加するイベントが以下の通り開かれます。
JUSTサバイバーズ・フォーラム2006「夫たちのこれから 変容する家族と夫役割」(体験発表、パネルディスカッション)
NPO法人 日本トラウマ・サバイバーズ・ユニオン(JUST)主催
日時:2006年4月16日(日)10:00~16:00
会場:星陵会館ホール
講師:斎藤学・信田さよ子・山田昌弘
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家族機能研究所代表 精神科医・斎藤学(さいとう さとる)
1941年東京都生まれ。慶応大医学部卒業、フランス政府給費留学生、国立療養所久里浜病院精神科医長などを経て95年、家族機能研究所を設立。医学博士。アルコール、薬物依存症などの治療方法として、自助グループで語る手法を日本に広めた第一人者。日本嗜癖行動学会理事長、日本子ども虐待防止学会副会長。著書は「家族の闇をさぐる~現代の親子関係」(小学館)など多数。
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