あの巨大な建造物は何故
「ピラミッド」と呼ばれているのか?
古代エジプト人はピラミッドの事を「ピラミッド」とは呼んでいませんでした。
あの巨大な建造物を総称として「メル」または「ムル」と呼んでいました。
意味は「昇る」で太陽へと昇る階段のイメージと捉えていました。
個別の「メル」または「ムル」を指す場合は、それぞれの名前を呼ぶのが通例でした。。
ギザにある第一ピラミッド、クフ王のピラミッドの場合は「日が昇り、日が沈む場所」第二ピラミッド、カフラー王のは、「カフラーは偉大なり」と言った風に呼んでいました。また、第三ピラミッド、メンカウラー王の物は「神聖なピラミッド」
「ピラミッド」と言う名前はギリシャ人が付けた名前で「ピラミス」(ギリシャ人が食べていた三角形のパン)がその由来と言われています。「ピラミス」の語源は明確にされていません。ギリシャ語の「ピュル」(火)と古代エジプト語の「メト」(数字の10)を合わせたと言う説など諸説があります。
有名なギザにあるピラミッドから解説したいと思います。まずは、その位置関係から。
エジプトの首都カイロは、エネルギーにあふれた近代的な町です。
そのカイロの地理的な位置は、ナイル川上流地域の上エジプトと、下流の下エジプトの中間地点にあたる重要な場所です。ですから、古代エジプト王朝時代からこの近郊には、いくつかの古代都市が栄えてきました。
今日では、新カイロと呼ばれ、美しい高級住宅街となっているヘリオポリス地区は、古代エジプト最古の都市のひとつでした。また、カイロの南20kmの場所には、古王国時代の首都だったメンフイスもあります。古代エジプト人は、文明の曙に偉大な定跡を残しました。それをもっとも感勤的に象徴しているのが、ピラミッドです。
ピラミツドの前に立つとき、人は「なぜか」という疑問を抱かずにはいられないのです。
そして、あの大ピラミッドがそびえ立つギザ台地も、驚くほど近い距離にあるのです。カイロ市郊外の丘から見るピラミッドは、カイロ市民にとっては、ごく親しい光景です。ピラミッドは、4500年もの間この地に繰り広けられた人間の営みを見守ってきたのです。
ギザ台地は、カイロの南西13kmの場所にあります。それは不毛の砂漠と、ナイル川が育んだ緑地帯との境界に当たります
このギザには、世界中から観光客が集まってきます。今では観光客をのせたラクダが行き交い、若者が馬を走らせる光景も、ギザの風物詩の一つとなっています。
大ピラミッドの正規の入口
(ダハシュール)
天に向かってそびえる巨大な建築の前で、人々は感嘆の声を上げます。その驚きとともに、人はピラミッドに世界最大の不思議を見い出すのです。
しかし・・・なぜ、ピラミツドは作られたのでしょうか?
この根源的な疑問にさえ、人はまだ答えを見いだせすにいるのです。
ギザには3基の巨大なピラミッドがそびえ立っています。
いずれも古王国時代第4王朝のフアラオのものです。
3基のピラミッドは、その各々の南東角を結ぶ、ほぼ一直線をなすように、配置されています。
なぜ、このように整然とした配置がされているか、それも分かっていません。
一部では「オリオン座に模して配置されているのだ。」と言っている人もいます。(オリオン・ミステリー)

控えの間の入口
(ギザ・大ピラミッド)
ギザ大地の北側に雄々しくそびえ立つのは、クフ王のピラミッドです。「ザ・グレイトピラミッド」。大ピラミッドとも、ギザ第1ピラミッドとも言われる世界最大のピラミッドです。このクフ王のピラミッドの出現で、ピラミッドの建築技術は最高水準に達しました。
今では、頂上部分の石(キャップ・ストーン)が失われてしまいましたが、完成時の高さは、約146mあったと考えられています。
真ん中にあるのはギザ第2ビラミッド。カフラー王のピラミッドです。高さは、クフ王のピラミッドより約2.5m低い143.5m。面積もやや小さくできています。
完成した時は、全体を覆っていた化粧石が、頂上と基底の部分に残されています。
もっとも南に位置しているのは、メンカウラー王のピラミッド、ギザ第3ピラミッドです。
このピラミツドの、高さと、底辺の長さは、他の2基のピラミッドの半分しかありません。それは、なぜだったのか。この問題もまた、未解決のまま残されています。




