R&B、ソウルの世界
ミュージックマガジンの増刊で、鈴木啓志という人が書いた、1950年代以降の
ブラックミュージックを総合的にまとめた本です、1986年・12月にまず出版され
それから11年後の1997年・11月に、90年代分を追加した、新版が出ています
1 2
この2冊を見比べると、いかに1990年代にブラックシーンが激変したかが
よく分かります、86年に出たのを1、97年に出たのを2、とすると、この中の
”メインストリームの歴史”が、1ではプリンスの時代までで終わっているんですが
あたかも、1990年代は、プリンスがソウル像となるかのように書かれています
と、1の173ページ「90年代に入るや、プリンスみたいな黒人アーチストはどんどん増える。」
と、1の173ページ上段で未来予想してるのには笑っちゃいます、が、当時は
そんな感じだったんでしょうか、ちなみに、この部分は2では、削除されています
2で言う所の137ページ中段にあ
たる所なんですが、ヒップホップが中心的な
サウンドになるなどは、この人はもちろん、ほとんどの人が現実的には
予想できなかったんだと思います
1のほうで、ヒップホップについては151ページから154ページに渡って
初期のシュガーヒルギャングから、グランドマスターフラッシュあたりまでが
取り上げられています、そこで、「ぼくはどちらかというと、”歌派”なので
”しゃべり派”のラップは、心からノリ切れない面があるが・・・・・」と、あるように
鈴木さんには、ラップは元々入り込みにくい物だった
ようです、やはり、これが
世代的な感覚だし、特にこの人のように、何十年間も気が遠くなるほど
黒人音楽を聴き漁ってきた人ほど、こうなるんでしょう、ちなみに私の場合は
1980年代のキレイ過ぎる感じが、どうも馴染めず、中学・高校の頃にはFMで
頻繁に当時のブラックを耳に入れてた割に、全然興味が出ず、ラップの音を
20才で知った時には、油田でも掘り当てたかのような気になったものです
しかし、鈴木さんは、その後、ラップが勢力を増してくるのを見て、隅に置けないと
思ったのか、いい加減ラップを聴いたらしく、2では138ページからの追加部分に
”ヒップホップが猛威をふるう80年代末~90年代のR&B”と取り上げています
ここでは、142ページから、テディーライリーなどに触れ、153ページから
157ページには、ATCQやNWAのヒップホップを取り上げてあり、174ページの
”メインストリームの歴史”の最後には「”ソウルの時代”のトンネルを抜け出し
新しい時代に入ってること、これだけは確実である。」で終わっています
しかしそれも、どこからどこまでが”ソウルの時代”かも、ハッキリ境目は無い
わけだし、違うような気がします、「新しい時代」というのは、鈴木さんが
理解できない時代を、漠然と指してるように感じます
ってゆうか、適当に締めただけかも知れませんけど・・・
さすがに2では、未来予想はしてませんが、これは多分、予想が外れたら
笑われるというのもありますが、元々1990年代の時点で、スデに
ついて行けないようになってたので、この段階では予想など恐れ多くて
とても、出来なかったんじゃないかとも思います
2の170ページでは、「ヒップホップは古いソウルやファンクに目を向けさせた。
よくいわれることだが、本
当だろうか。」とあり、さらに「ヒップホップファンには
その”ソウル”を了解する耳が決定的に欠けていると思わざるを得ない」
などと、ありますが、ハッキリ言うと、こういうことを言い出したら
人間終わり
だと思います、ちょっと年をとった評論家などの方々に多く見られる症状です
1992年頃、上田正樹が、FMラジオで「ラップなんてどこがオモロインやろ
とか思ってたけど、聴いてみたんよ、でもやっぱアレ、サウンドが結局
サンプリングのループでしょ?ソウルとしてのチカラが無いんだよね」
と言ってましたが、正直
だったら聴くなよ
と思います、音楽は、そもそも気に入った曲を見つけたから聴く、という物なのに
この人たちは、過去の人になるのが、とてもイヤなようで、慌てて聴いた挙句
結局、遠回しに”つまらない物”として自己を正当化する癖がありますし
その勢いで、現在の音楽ファンの否定にも、つながることが多々あります
分からないなら分からないで、無理しないで自分の好きなもの
だけ聴いてて
もらいたいモンです、しかしこういう、昔と今、ってのは、私としては、時代により
手法や、やる人が変わっても、基本は変わらないものだと思っています
と、1の173ページ上段で未来予想してるのには笑っちゃいます、が、当時は
そんな感じだったんでしょうか、ちなみに、この部分は2では、削除されています
2で言う所の137ページ中段にあたる所なんですが、ヒップホップが中心的な
サウンドになるなどは、この人はもちろん、ほとんどの人が現実的には
予想できなかったんだと思います
1のほうで、ヒップホップについては151ページから154ページに渡って
初期のシュガーヒルギャングから、グランドマスターフラッシュあたりまでが
取り上げられています、そこで、「ぼくはどちらかというと、”歌派”なので
”しゃべり派”のラップは、心からノリ切れない面があるが・・・・・」と、あるように
鈴木さんには、ラップは元々入り込みにくい物だったようです
、やはり、これが
世代的な感覚だし、特にこの人のように、何十年間も気が遠くなるほど
黒人音楽を聴き漁ってきた人ほど、こうなるんでしょう、ちなみに私の場合は
1980年代のキレイ過ぎる感じが、どうも馴染めず、中学・高校の頃にはFMで
頻繁に当時のブラックを耳に入れてた割に、全然興味が出ず、ラップの音を
20才で知った時には、油田でも掘り当てたかのような気になったものです
しかし、鈴木さんは、その後、ラップが勢力を増してくるのを見て、隅に置けないと
思ったのか、いい加減ラップを聴いたらしく、2では138ページからの追加部分に
”ヒップホップが猛威をふるう80年代末~90年代のR&B”と取り上げています
ここでは、142ページから、テディーライリーなどに触れ、153ページから
157ページには、ATCQやNWAのヒップホップを取り上げてあり、174ページの
”メインストリームの歴史”の最後には「”ソウルの時代”のトンネルを抜け出し
新しい時代に入ってること、これだけは確実である。」で
終わっています
しかしそれも、どこからどこまでが”ソウルの時代”かも、ハッキリ境目は無い
わけだし、違うような気がします、「新しい時代」というのは、鈴木さんが
理解できない時代を、漠然と指してるように感じます
ってゆうか、適当に締めただけかも知れませんけど・・・
さすがに2では、未来予想はしてませんが、これは多分、予想が外れたら
笑われるというのもありますが、元々1990年代の時点で、スデに
ついて行けないようになってたので、この段階では予想など恐れ多くて
とても、出来なかったんじゃないかとも思います
2の170ページでは、「ヒップホップは古いソウルやファンクに目を向けさせた。
よくいわれることだが、本当だろうか。」とあり、さらに「ヒップホップファンには
その”ソウル”を了解する耳が決定的に欠けていると思わざるを得ない」
などと、ありますが、ハッキリ言うと、こういうことを言い出し
たら
人間終わり
だと思います、ちょっと年をとった評論家などの方々に多く見られる症状です
1992年頃、上田正樹が、FMラジオで「ラップなんてどこがオモロインやろ
とか思ってたけど、聴いてみたんよ、でもやっぱアレ、サウンドが結局
サンプリングのループでしょ?ソウルとしてのチカラが無いんだよね」
と言ってましたが、正直
と思います、音楽は、そもそも気に入った曲を見つけたから聴く、という物なのに
この人たちは、過去の人になるのが、とてもイヤなようで、慌てて聴いた挙句
結局、遠回しに”つまらない物”として自己を正当化する癖がありますし
その勢いで、現在の音楽ファンの否定にも、つながることが多々あります
分からな
いなら分からないで、無理しないで自分の好きなものだけ聴いてて
もらいたいモンです、しかしこういう、昔と今、ってのは、私としては、時代により
手法や、やる人が変わっても、基本は変わらないものだと思っています
上段で未来予想してるのには笑っちゃいます、が、当時は
そんな感じだったんでしょうか、ちなみに、この部分は2では、削除されています
2で言う所の137ページ中段にあたる所なんですが、ヒップホップが中心的な
サウンドになるなどは、この人はもちろん、ほとんどの人が現実的
には
予想できなかったんだと思います
1のほうで、ヒップホップについては151ページから154ページに渡って
初期のシュガーヒルギャングから、グランドマスターフラッシュあたりまでが
取り上げられています、そこで、「ぼくはどちらかというと、”歌派”なので
”しゃべり派”のラップは、心からノリ切れない面があるが・・・・・」と、あるように
鈴木さんには、ラップは元々入り込みにくい物だったようです、や
はり、これが
世代的な感覚だし、特にこの人のように、何十年間も気が遠くなるほど
黒人音楽を聴き漁ってきた人ほど、こうなるんでしょう、ちなみに私の場合は
1980年代のキレイ過ぎる感じが、どうも馴染めず、中学・高校の頃にはFMで
頻繁に当時のブラックを耳に入れてた割に、全然興味が出ず、ラップの音を
20才で知った時には、油田でも掘り当てたかのような気になったものです
しかし、鈴木さんは、その後、ラップが勢力を増してくるのを見て、隅に置けないと
思ったのか、いい加減ラップを聴いたらしく、2では138ページからの追加部分に
”ヒップホップが猛威をふるう80年代末~90年代のR&B”と取り上げています
ここでは、142ページから、テディーライリーなどに触れ
、153ページから
157ページには、ATCQやNWAのヒップホップを取り上げてあり、174ページの
”メインストリームの歴史”の最後には「”ソウルの時代”のトンネルを抜け出し
新しい時代に入ってること、これだけは確実である。」で終わっています
しかしそれも、どこからどこまでが”ソウルの時代”かも、ハッキリ境目は無い
わけだし、違うような気がします、「新しい時代」というのは、鈴木さんが
理解できない時代を、漠然と指してるように感じます
ってゆうか、適当に締めただけかも知れませんけど・・・
さすがに2では、未来予想はしてませんが、これは多分、予想が外れたら
笑われるというのもありますが、元々1990年代の時点で、スデに
ついて行けないようになってたので、この段階では予想など恐れ多くて
とても、出来なかったんじゃないかとも思います
2の170ページでは、「ヒップホップは古いソウルやファンクに目を向けさせた。
よくいわれることだが、本当だろうか。」とあり、さらに「ヒップホップファンには
その”ソウル”を了解する耳が決定的に欠けていると思わざるを得ない」
などと、ありますが、ハッキリ言うと、こういうことを言い出したら
人間終わり
だと思い
ます、ちょっと年をとった評論家などの方々に多く見られる症状です
1992年頃、上田正樹が、FMラジオで「ラップなんてどこがオモロインやろ
とか思ってたけど、聴いてみたんよ、でもやっぱアレ、サウンドが結局
サンプリングのループでしょ?ソウルとしてのチカラが無いんだよね」
と言ってましたが、正直
だったら聴くなよ
と思います、音楽は、そもそも気に入った曲を見つけたから聴く、という物なのに
この人たちは、過去の人になるのが、とてもイヤなようで、慌てて聴いた挙句
結局、遠回しに”つまらない物”として自己を正当化する癖がありますし
その勢いで、現在の音楽ファンの否定にも、つながることが多々あります
分からないなら分からないで、無理しないで自分の好きなものだけ聴いてて
もらいたいモンです、しかしこういう、昔と今、ってのは、私としては、時代により
手法や、やる人が変わっても、基本は変わらないものだと思っています

