ビジネスモデル定着?フードテーマ パークって何? |
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バブル期に作られた大型テーマパークの経営 が行き詰まる中、小粒ながら味わい深いフード テーマパークが人気を集めている。 フードテーマパークとは、統一テーマのもとに 複数の飲食店舗が集合した新しい形態の飲食 施設だ。テーマに合わせた施設設計により、アト ラクション性、エンターテイメント性を持たせ、単 純な飲食店街とは違ったテーマパーク的な娯楽 施設としても楽しめる。 元祖は94年に横浜市にオープンした 「新横浜ラーメン博物館」。その後、01 年にオープンした「横濱カレーミュージアム」 の成功がピックアップされ、全国へ広まる結果 となった。
新聞・雑誌記事横断検索 を利用して新聞記事 に掲載さ れたフードテーマパークについて調べると 、様々なフード テーマパークの開設記事が見つかった。 主なテーマパー クを年代ごとに整理してみると下のよう になる。
・ 新横浜ラーメン博物館 99年 ・ 清水すしミュージアム 01年 ・ 横濱カレーミュージアム(横浜市) ※ ・ 小樽運河食堂ラーメン工房
・ ラーメンスタジアム(福岡市) ※ 02年 ・ 全国ご当地らーめん処(神奈川
・ 千里中華街(大阪府豊中市) ・ 池袋餃子スタジアム(豊島区) ※ ・ なにわ食いしんぼ横丁(大阪市) ・ 北海道ラーメン道場(北海道千歳市) ・ らーめん七福神(さいたま市) ・ 泉が丘ラーメン劇場(大阪市) 03年 ・ 明石ラーメン波止場 ・ 浪花餃子スタジアム ・ アイスクリームシティ(豊島区) ※ ・ スイーツフォレスト(目黒区) ・ 大阪ヌードルシティ~浪花麺
04年 ・ 津軽ラーメン街道(北海道五
・ 東京シュークリーム畑(豊島区) ※ ・ 道頓堀極楽商店街 ・ 高松拉麺築港(らーめんポート) 上の一覧で「※」印がついているものは ナムコによるもの 。全国のフードテーマパークを見回すと ナムコによる企画 が如何に多いかが判る。企画は全てヒ ットしており、現在 までのところ全勝状態だ
フードテーマパークの元祖は新横浜ラーメン 博物館だが、フードテーマパークをビジネス モデルとして全国に広めたのが(株)ナム コ企画による横濱カレーミュージアムだ。 横浜丸井インテリア館が閉店した際に 、跡地として予定されるゲームセンターの アトラクション企画がナムコでナンジャタウ ンなどのテーマパーク企画をする池澤守氏 に持ちかけられた。これがカレーミュージ アムの始まりだ。 当初ゲームセンターにロボットを設置して集客 する予定だったが、採算面から別方面の企画 を検討。池澤氏のアイデアによりフードテーマ パークが企画され、横浜が発祥といわれるカ レーをテーマとしてカレーミュージアムが発足 したのだった。 これが大当たり。 結局、カレーミュージアムでは初年度だけで
黒字に 当時ナムコにはフードテーマパークを専門に 受け持つ部門が無く、ナンジャタウンのスタ ッフ4名からなる「チームナンジャ」を結成した 。同チームはカレーミュージアムの成功に続き 、福岡で「ラーメンスタジアム」を企画、これも 成功させた。 そして開業以来赤字の続く自社のエンターテイ メント施設「ナンジャタウン」のてこ入れとして 池袋餃子スタジアム」を同施設内にオープン その結果、池袋餃子スタジアムでは、年間見 込み100万人の来場者が11ヶ月で203万人 と大幅に上回る成果を上げ、約11億7千万円 の売上を記録。
貢献したのだった。 自社ビジネスであるナンジャタウンを黒字転換させ た餃子スタジアムの成功からは、フードテーマパー クの集客性だけでなく、地域経済への波及効果も 認められる。
は、先の横濱カレーミュージアムでも見られる。 横濱カレーミュージアムの出店地となる伊勢佐 木町の調査(2001年調査)では、横濱カレーミュ ージアムがオープンする2年前と比べ、来街者が 24%も増え、地元商店街や横浜松坂屋の売り 上げ増にも貢献した。 これらの実例から、地方の町おこしや再開発など を目的としたフードテーマパーク開設に注目が集 まっている。 こうしたフードテーマパークの動向に対し、ナムコ の池澤氏は「千円札一枚で本物の食を味わえる 手軽さと、非日常的な遊びの楽しさが魅力。今後 三年で全国に数十カ所はできるかも(02年)」と語 っている。 その言葉どおり全国展開ラッシュを迎えつつある
や各テーマパーク同士の集客争いが想定される。 それを乗り切る為の、出店者側のアイデアが重要 となる局面を迎えつつあるようだ |