【5章-2 風の中で 】




やっぱりパンダだ。

冷静に考えてみると、ここは中国だしパンダがいてもおかしくはないのだが、

それにしてもこんな辺鄙(へんぴ)なところにいるということ自体に、違和感を覚えずにはいられない。

第一、あの今にも石や岩が転がり出しそうな危険な坂を、どうやってここまで登って来たというのだろう。

それともずっと大昔からここで生まれて、暮らし、死んでいたのだろうか?

外側に向いた黒い耳、毛並みの黒い、両手足。

それが段々と細くなりながら背の中央へと伸びていく。

シッポは、丸くて短い。そして胴体の白色。

これをパンダと言わなければ、一体どんな動物がパンダだというのだろう。

動物の体をまじまじと観察していた目を、優吾はふと、その顔に向ける。

その時、一瞬、目が合った。

パンダは大きな黒目で覗くように優吾の目を見つめる。

優吾は見つめ合ったまま、目が離せない。

突然、耳のそばで、うなるような風の音がした。

気がつくと、呼吸ができない。

全身に痺れがはしり、意識が急激に遠のいていく。

風の流れが見える。

それは、木々の合間をぬいながら、小川のように流れていく。

風には色がある。

緑っぽい色に、多少黄色やオレンジが混じっている。

風の色は薄くなったり濃くなったりしている。

それはあたかも流れに緩急が生じるように、風にも深みや浅瀬があることを教えてくれる。

優吾は風に乗っている。

いや、風になっていると言ったほうが正しいだろう。

風の中で優吾の身体は風と同じ色をしている。

絵の具が滲むように風の中で優吾の身体は曖昧になり、流れていく。

木々の合間を抜け、山の斜面を這うように翔(か)けのぼる。



〈続く〉
~5章-3
光の滑り台~