【2章-4 雨音を聴きながら】
意識のしきみの遠くで、水の音が聞こえる。
辺りは、湿った空気が充満して、肌寒い。
物音一つせず、静かだ。
優吾が目覚めた時、外は雨だった。
気がつくと、部屋の片隅にあるベッドの中で優吾は、寝ていた。
そしてベッドのすぐそばに、バナナやクルミやミカンやキャベツが載(の)った大籠(かご)が置いてあった。
それを目にした瞬間、優吾は飛びついた。
見る間に籠(かご)の中の果物や野菜をたいらげていく。
7房あったバナナは、あっという間に皮だけになった。
蜜柑(みかん)は勢い余って、手の中に握り潰しながら、むいた。
キャベツは丸ごとカジリつく。
籠(かご)の中に果物ナイフが入っていたが、使う気も起きない。
最後に芯だけになったキャベツを先から噛み砕きはじめた時、ふいに後ろから声が聞こえた。
「あーあ、まるで猿だね」
振り向くと、そこには一人の女が立っていた。
やっと優吾の目に、あたりに散乱した果物や野菜のくずが飛び込んでくる。
優吾は、それをしばらく呆然と見つめた。
自分がこんなに散らかしたなんて、信じられない。
やっと我に返り、優吾は目の前の女を眺めた。
ボサボサの長い髪に、擦(す)りきれたコートを羽織(はお)っている。
30代半ばくらいだろうか。
身なりから想像して、この女もホームレスなのだろう。
「ここはどこだい? 」
「ここかい。ここはね、動物病院の中さ。あんたはさっき運ばれてきたんだよ、人間様が死なないようにって慈悲深いことだね」
優吾にはこの女が何を言っているのか、よく分からなかった。
「ここはあの世ではないんだね? 」
「あんたみたいなこと言う人、これで18人目だよ。
安心おしよ。ここはあの世なんかじゃないからさ。ただの動物園だよ。上野動物園の中さ」
それを聞いて、優吾は呆気にとられた。
「驚いたかい。ここに運ばれて来た奴は、みんなそうやって驚くよ。
でも、まだ驚くのは早いわよ。あんたをここまで運んできたのは誰だと思う? ねえ、誰?
聞いて腰抜かさないでよ。正真正銘のゴリラよ。ゴリラのジュジュ」
ケムクジャラの黒くて大きな背中が優吾の脳裏に蘇ってくる。
衝動のままにその背の上から思いきり跳び上がった時、
すぐに足をつかまれ宙づりの恰好になったっけ。
そうだった、あの時、目にしたのは……。
〈続く〉
意識のしきみの遠くで、水の音が聞こえる。
辺りは、湿った空気が充満して、肌寒い。
物音一つせず、静かだ。
優吾が目覚めた時、外は雨だった。
気がつくと、部屋の片隅にあるベッドの中で優吾は、寝ていた。
そしてベッドのすぐそばに、バナナやクルミやミカンやキャベツが載(の)った大籠(かご)が置いてあった。
それを目にした瞬間、優吾は飛びついた。
見る間に籠(かご)の中の果物や野菜をたいらげていく。
7房あったバナナは、あっという間に皮だけになった。
蜜柑(みかん)は勢い余って、手の中に握り潰しながら、むいた。
キャベツは丸ごとカジリつく。
籠(かご)の中に果物ナイフが入っていたが、使う気も起きない。
最後に芯だけになったキャベツを先から噛み砕きはじめた時、ふいに後ろから声が聞こえた。
「あーあ、まるで猿だね」
振り向くと、そこには一人の女が立っていた。
やっと優吾の目に、あたりに散乱した果物や野菜のくずが飛び込んでくる。
優吾は、それをしばらく呆然と見つめた。
自分がこんなに散らかしたなんて、信じられない。
やっと我に返り、優吾は目の前の女を眺めた。
ボサボサの長い髪に、擦(す)りきれたコートを羽織(はお)っている。
30代半ばくらいだろうか。
身なりから想像して、この女もホームレスなのだろう。
「ここはどこだい? 」
「ここかい。ここはね、動物病院の中さ。あんたはさっき運ばれてきたんだよ、人間様が死なないようにって慈悲深いことだね」
優吾にはこの女が何を言っているのか、よく分からなかった。
「ここはあの世ではないんだね? 」
「あんたみたいなこと言う人、これで18人目だよ。
安心おしよ。ここはあの世なんかじゃないからさ。ただの動物園だよ。上野動物園の中さ」
それを聞いて、優吾は呆気にとられた。
「驚いたかい。ここに運ばれて来た奴は、みんなそうやって驚くよ。
でも、まだ驚くのは早いわよ。あんたをここまで運んできたのは誰だと思う? ねえ、誰?
聞いて腰抜かさないでよ。正真正銘のゴリラよ。ゴリラのジュジュ」
ケムクジャラの黒くて大きな背中が優吾の脳裏に蘇ってくる。
衝動のままにその背の上から思いきり跳び上がった時、
すぐに足をつかまれ宙づりの恰好になったっけ。
そうだった、あの時、目にしたのは……。
〈続く〉