大腿骨腫瘍からの復活//パピ子のブログ -6ページ目

大腿骨腫瘍からの復活//パピ子のブログ

2017年7月 右大腿骨腫瘍の手術をしました。

あれから6年………振り返って覚えている事を書き残しておきたいと思います。

その後、落ち着いている時間が続きました・・・

とはいえ、会話が可能な状態では無くずっと眠っている

ような状態です

 

夫も時間を作って面会に行っていました

行くと一生懸命、声をかけていました

 

義父の誕生日のすぐ後に行ったとき

「お父さん○○日は誕生日やで、長生きしてや・・・100歳まで

生きるんやで・・」

 

ハァ??

 

いやいや・・・・この状態であと4年生きろ・・・とは

もっと気の利いた声掛けはないんかい

 

と、なんだか情けなくなりました

 

でも、振り返ると仕方のないことかな・・・と思いました

 

こんなことがありました

 

 ある日の昼頃、義父が高熱を出しているので施設から「病院へ連れて行って欲しい」と

連絡があったのですが、私は仕事の関係で今すぐというのは無理で

15:30には行けますと伝えたら、施設の看護師さんが病院へ連れて行って下さり

急いで病院に駆けつけました

看護師さんとバトンタッチし、検査待ち  おそらくは入院になるだろうとのことで

ひたすら待つ・・・

結局、病棟に上がったのは19時前、諸々手続きをし私が家に帰りついたのは20時過ぎ・・・

 

待っているとき

義妹にLineしたら「お世話になります」と、たった1行の返信  

夫にもLineするも既読スルー

義妹からは、その後どうなったか?の連絡もなく

現状報告をしたら「ありがとうございます」と、これまた1行返信・・・

夫に至っては飲み会で午前様・・・翌朝「おはよう、昨日はどうやった??」

と・・・・「いっても何もする事ないやろ・・」と・・・

 

ふざけるなプンプンプンプンプンプン 誰の親なん?? 心配にならんのかガーンガーンガーン

震えるほど腹が立ちました

 

いつもいつもこんな感じの人達でした

温かみの無い人達・・・

やって貰って当たり前、自分の事が優先

誰に愚痴ることもできない33年の結婚生活でした・・・

 

私が身体壊しても、ぞんざいにしか扱われないだろうな・・・

 

 

そんな人達なので、気に効いた声掛けなどできるはずないわね・・・

 

いつか自分に返ってくるよ・・・その時苦しんでも

私は優しく出来ないよ・・・覚悟しておいてね・・・・

 

そんな中

少しづつ暖かい日が増えたある日

いよいよその時は来ました・・・・・