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こんにちは、mikoです。

 

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嫌われること。 こわいよね。 いやだよね。

 

でも、嫌われることを意識して萎縮してしまうと

どんどん自分を制限することになって

個性はおろか、存在がうすくなってしまいそうだ

なんて考える夜もあったり、なかったり。

 

自分を生きたいと思うなら、

嫌われることは覚悟しないといけない。

よく本などに書いてあるけれど

そんなにすっぱり割り切れないよね。って思う。

 

周囲にヘンに思われたらどうしよう。

影でクスクス笑われたらどうしよう。

浮きまくって、ボッチになったらどうしよう。

 

なんだろうね、あのじわ~っとしのびよるような感情は。

しかしよく考えてみたら、周囲の反応を気にしながら

結局、意識は自分に向いているという自己愛にたどり着く。


気が付いてないかもしれないけれど、
ホントの奥底では、自分が大好きすぎて
自分を傷つけたくないってことなんだろうなと思う。

 

 

「嫌われたくない」という気持ちから、あぶり出されるものって、

もしかして、過保護すぎる自己愛?

自分がかわいくて、愛しすぎて、
傷つけたくなくて、動けなくなるなんて、
よろこんで自分から籠の中に入っているようなもの。


・・・

おーい、ちょっと出てみないか?
おもしろいよ、外の世界。

そのままの自分でぶつかってみようよ。
そしたらさ、相手の反応がはじめて分かるから。

これまで「嫌われる」と思っているほとんどのことは、
自分が勝手に創り出した
幻想だったと知ることができるから。

それに、好き嫌いという感情は誰にでもあるもの。
わたしたちだって自由に感じているはずだというのに、
相手が「嫌い」と思うことに対して嫌ですというのは
ちょーっと勝手すぎやしないか
(と思ったり…)

 

・・・

 

とにかくね、強烈な自己愛で自分を縛りつけてる限り
わたしたちの世界はひろがりにくい。


なぜなら、自分から放出されるエネルギーは自己愛として
自身の内側でぐるぐると濃縮されているだけだから。


その濃すぎる愛を、思い切って外に放ってみたら。。。
つまり、自分を自由に表現してみたら。。。
たくさんのギフトがやってきて、世界はひろがるのではなかろうか。


そのよろこびに触れることができたとき、わたしたちは
「嫌われる」という恐れから、すっかり解放されるような気がする。