
ホルスターと拳銃がついちゃいました。
時折ふと、『時間』について考えてしまうことがある。
『時間』は物質ではない。
人間の手により作り出されたものでもない。
目に見えるものでもない。
成分どころか原子でもない。
強いて言えば、人類が勝手に編み出したモノの考え方の1つだが…
だが…存在はする。
人類が誕生するよりずっと前から。
宇宙も人類が誕生する前から存在している。
宇宙が先に誕生したか、時間が先に誕生したかは分からない。
私は宇宙よりも時間が先に存在していたと思いますが。
もはや空気や水と違って、時間や宇宙は、誕生・存在するという表現で合っているかどうかすら分からない。物質ですらないから。
しかし、確実に在ると言える。
何故なら、時間と宇宙が惑星を、植物を、生物を作り上げてきたから。
神様がこの世界を作ったという考え方もありますが、神という存在は人間が想像した、人間が意図的に作り出した架空の存在である故、元から存在する時間と宇宙には遠く及ばない。
…と、考えもするが、ならば時間と宇宙はどうやってできた?神様が作ったんじゃないの?
と問われると、どう答えて良いか分からない。
時間が元から存在して、宇宙は時間が作り出したとしても、じゃあ時間は?と思う。
神様を含めて考えてしまうと、時間と宇宙と神様のどれが先に存在したかという考えがいたちごっこになり、結局は判断つかないので、私は神という存在は生物の魂を司る者と勝手に解釈し、時間と宇宙から離して考える。
だって、時間と宇宙は人間の想像のものではありませんから。
類が違います。
今風に言えばジャンルが違う。
話を戻し、時間について。
時間は実在しないが存在し、流れる。
生物は時間の経過と共に誕生し、成長(老化)し、死ぬ。
これは生物以外にも、植物や岩など大地でも言える。
この事から時間は無ではない。
時間は有だ。
何故なら、時間が有るから物は生まれる。
ならば時間はどこで生まれるのか。
もしかしたら、時間は実在はしないものの、どこかからか生まれているのかもしれない。
次元を越えて、この宇宙に流れてきているかも。
バカバカしいが、これをバカバカしいと言ったら神の存在もバカバカしい。
どれもこれも、人類が勝手に作り上げた妄想ですから。