藤原京エイリアン

藤原京エイリアン

旧ブログ『長岡京エイリアン』から着の身着のまま大八車で引っ越し中。めくるめくとりとめなき雑談のるつぼ!

≪この記事は gooブログ内『長岡京エイリアン』にて2010年10月31日に投稿したものの再掲です≫

前回に引き続きまして、2008年3月にそうだいが体験した記録の続きです。

 さて、目指す小弓城のある南生実町は、千葉県の千葉市内。私の住んでいる町からも地図で見ると10キロ圏内の距離ということで、いくら迷ったとしても2~3時間も自転車に乗っていればたどり着けるだろう、と完全にナメてかかって出発したのですが……この油断が大きな間違いだったことに気づくまでにさほど時間はかかりませんでした。出かけたのは、よく晴れたぽかぽか陽気のお昼過ぎ。
 

 出発して30分ほどがたち、JR千葉駅などのある千葉市の市街地から離れていくにつれて、だんだん道の起伏がはげしく上下するようになり始めてきたのです。
 坂道をのぼって、そのあとにくだったと思ったら次の坂道。それをまたのぼったら、ちょっとおりてまた坂道!
 

 春の陽気に対する思いが「あったか~♪」から「あっちーよコンチクショーイ!」に変容してゆくのを肌で感じながら、自転車全力立ちこぎでの坂のぼりを、映画『耳をすませば』のクライマックスを頭にうかべつつ4~5回くりかえしました。なのに、自転車のうしろには誰も乗っていないさみしさよ……
 さみしいといえば、道沿いの風景もみるみるうちに民家が減っていき、気がつけば山と林だけがひたすら続くカントリーロードになっていたのですが、そんな山道を人とも車とも滅多にすれ違わないまま1時間ほど行くと、今度は最近できたばかりのように真新しい住宅がたちならぶ静かな町にたどり着きました。


 そここそが、目指す小弓城のある南生実町だったのです。ここまで自転車汗だくで4時間。たいして道に迷うようなロスもなかったはずなんですが、まさかこんなにかかるとは……
 しかし! ここからも肝心カナメの小弓城にたどり着くまでに、町の人に道をたずねるなど少々の手間を要したのですが、日が暮れる前についに到着いたしました、戦国時代の関東地方を駆け抜けた風雲児・小弓公方の本拠地、小弓城!

 いまは……自治体のつくった解説ボードが1つ。墓地の前に。

 小弓城は標高20メートル、広さ500メートル四方の小高い丘の上に築かれていたということで、その丘そのものは現在も残っているのですが、城があった敷地は墓地、畑、神社、なんかの工場などと非常に有効に分割利用されており、そこにお城があったということは、わずかに千葉の史跡指定の解説ボードだけが語るのみでした。

 まさか、そんなはずは! あの小田原城の北条家に対抗した漢・足利義明の本拠地が、このようにこぢんまりとした丘であったとは……あまりに小規模! あまりに脆弱!!
 

 いや、待てよ……ハタと思い当たることがありました。
 この足利義明は、小弓城の主となってから20年後に、北条家との合戦に敗れて討ち死にしてしまうのですが、その合戦のあった場所はここ小弓城ではなく、同じ千葉県でもかなり北にいったところにある、市川市の国府台(こうのだい)だったのです。そのため、義明さんが敗れたこの合戦のことは「第1次国府台合戦」(1538年10月)と呼ばれています。ちなみに、それからさらに四半世紀後に行われた「第2次国府台合戦」(1563~64年)での勝利をもって、北条家は関東地方での覇権を揺るぎないものとしました。

う~ん……この城を戦場にしても勝てないなぁ。もっと別のところで戦お。

 かつて、強大な敵に勇気をもって挑んだ男の、ナマのボヤきを耳にしたような気がした私は、不思議な満足感を胸にいだいてこの小弓城(だった丘)をあとにしました。
 

 余談ですが、畑のど真ん中にあった伊藤園の自販機でジュースを買おうと思って近づいたら、畑のはしっこで農作業をしていたおじさんから、

「うおぉ~いぃ、それ、うごいてねぇよ~い。」

 と、あたたかいお声をかけていただきました。そんなに日常的に壊れてんだ……なんとかしてよ伊藤園さん。

 そのあと私は、小弓城の北1キロほどの場所にあった「生実城」の城跡もたずねてみました。小弓城と生実城。読み方はどっちもおんなじ「おゆみじょう」。この2つの違いは?


 かつての解釈では、戦国時代前期にあったお城が「小弓城(南)」のほうで、足利義明の死後にこの地を占領した原家(当時、千葉県北部に勢力を持っていた千葉家の親族)が新たに「生実城(北)」を築城してそこに移り住んだとされていました。
 ところが、21世紀に入ってからの発掘調査の結果、「生実城」からも戦国時代前期の遺物が大量に出土したことから、現在では「小弓城」と「生実城」は同時に存在していて、義明さんも原一族も、周囲の街道の監視用と住居用など、それぞれの使い道でどちらも利用していたのではないか?という説が有力になってきているのだそうです。
 

 というわけで、地理的な関係上、小弓城を「南おゆみ城」とするならば「北おゆみ城」とも呼ぶことのできるこちらの「生実城」は、南おゆみ城以上に平たい丘を敷地としたお城でした。
 城を守る要害は沼地と空堀くらいしかなく、はっきりいって戦争にはまるっきり不向きなようにも感じられる北おゆみ城なのですが、街道や町の中心地に近かったため、江戸時代に入ってからも、この地をおさめた生実藩主・森川家の代々の陣屋(ざっくり言えば小さな城のこと)として長らく使われていきました。ちなみに南おゆみ城のほうは、平和な時代になってからはじょじょに使用されなくなっていったようです。町からもちょっと遠いしねぇ。
 丘のような土地の形状は今も残っている南おゆみ城なんですが、北おゆみ城のほうは町に近かったせいもあり、住宅地化によってほとんど城跡らしいものは残っていませんでした。
 

 ただこういう時にありがたいのは、敷地内に藩主・森川家の信仰していた神社や森川家代々の菩提寺が残っていることで、こういう伝統を重んずる施設の中には、お城の形跡を残しているものが残っている可能性が非常に高い!
 案の定、神社の裏手には、幅10メートル、深さ5~6メートルはあろうかという空堀がほぼそのままの形で残っていました。これはいいねぇ!
 興奮して堀の底まで降りてみようとしたのですが、日が暮れかけて薄暗くなっていた上にけたたましく警報ベルが鳴ってしまったので、やむなく断念しました。でも、逆にお城の説明を聞き出そうかと思って、ベルが鳴ったあとに人が来るのを待ってみたんですが、結局10分たってもだぁれも来なかった……鳴っても誰も駆けつけないセキュリティシステムとは!?


 あと、お城には直接の関係はないのですが、森川家の菩提寺である重俊院というお寺の敷地に、森川家が建てたという山門(仁王像があったりする2階建ての門)が保存されていたのですが、今にもちょっとした衝撃で『8時だヨ!全員集合』的に倒壊しそうな雰囲気が、それだけの歴史の重みを感じさせてくれてとても素晴らしかったです。またこの山門、私が「山門」と聞いて想像するサイズのきっかり2分の1くらい! それでも充分に立派なものなんですが、軽くめまいをおぼえるパースペクティヴの違和感も最高でした。

 こんな感じで、記念すべき「全国402城探訪計画」の第1弾は無事に終了いたしました。
 総じて良かったね! 肝心のお城自体はあとかたもなかったんですが、その「かおり」みたいなものは充分に味わえました。それだけでけっこう! ま、ちゃんとしたお城も見たいですが、それはまたいつかね。
 2つのおゆみ城、良かったですよ。南おゆみ城ちかくの郷土資料館さん、道を教えていただきありがとうございました! いただいた南生実町の史跡マップ資料もとっても役に立ちました。

 いやぁ、帰り道にコンビニで買って食べたロシアパン(でっかいコッペパンに砂糖ペーストをのっけただけのやつ)がうまかったうまかった! 糖分サイコー!!

 それが結論かい……小弓公方さま、どうかおゆるしを~。
 

『都市伝説考察チャンネル THE つぶろ』 個人的に興味があった動画リスト4 ≪2024年7月~26年1月≫
動画リスト1 ≪2019年1月~21年10月≫動画リスト2 ≪2021年11月~23年10月≫動画リスト3≪2023年11月~24年6月≫も、お時間あればど~ぞ!
※私そうだいが個人的に「おっ。」と思った動画だけをリストアップしたもので、全動画のリストではありません。
※「……」をはさんだ左が動画の内容、右側が大まかな真相です(このチャンネルの動画の面白さは真相にいたるまでの「考察」の経路にあると思いますので、ネタばらしの意図はございません)。
※内容の頭に「〇」が付いているものは、私そうだいが特に面白いと感じた動画です。

 

2024年7月
・ネットで流布している恐怖画像『黒目の女』と『赤目女』…… 『黒目の女』はネットアイドルの顔写真が2004年に加工されたもの。『赤目女』は2000年5月に韓国で加工されたフラッシュ画像だが元画像は不明。

〇映画『仮面ライダーZO』の黒塗り修正されたパンフレット …… 写真に操演スタッフの国米修市氏の顔が映り込んだ初版パンフレットを映画館側が自主的に修正したものか。
・京都府舞鶴市の蔵から見つかった「頭蓋骨のみの行旅死亡人」…… 1939年に死去した蔵の持ち主が、海軍在籍中に預かっていた近親者の遺骨である可能性が高い。
・なぜかエレベーターだけが起動しているリゾートホテルの廃墟の動画 …… 事実上廃墟化しているが営業停止の扱いで、管理会社が一部の電源を通し続けている。

・お笑い芸人の怪談『何度捨てても戻ってくる不気味な絵』1 …… TBS番組『スイッチ』で2006年7月に放送された怪談だが映像は未確認で、話した芸人が誰かも不明。

8月

・2013年3月の朝日新聞の死亡広告に記されていた「改造人間化の実験」とは? …… 広告主の父親が海軍在籍時に受けていた不当ないじめの名目だった可能性がある。

10月

・ネットで流布している恐怖画像『ワロスマニア この画像なに?』の撮影場所 …… グアム島のマンション「ラデラタワー」で撮影した記念写真が2004年にアップされた際に心霊写真のように見えて流布した。

・ネットで流布しているミーム画像『おまえは何を言っているんだ』1 …… フジテレビの2004年の年末特番『PRIDE 男祭り』の事前宣伝番組で、ミルコ=クロコップがケヴィン=ランデルマンの煽り文句を受けて返した言葉か。

11月

〇『ネット上で最も不思議な曲』の正体が判明 …… 西ドイツのロックバンド「FEX」が1983年に録音しラジオで放送された曲『Subways of Your Mind』

・ネットで流布しているおもしろ画像『梅雨明けたんですかやったー!』の元映像 …… 2009年7月14日放送の NHK『ニュースウォッチ9』の映像を元にしているが、後半の画像2枚は加工したもの。

〇真相解明に至らなかったネタ No.9「岡田幹事長を囲む取材陣」2 …… 2011年6月2日放送の日本テレビ『news zero』の映像を元に、画像手前の人物の目だけを加工したもの。

・ネットで流布しているおもしろ画像『お惣菜ならきんぴらがいいかな』の元映像 …… 2003年9月20日放送の TBS特番『完全実況総裁選2003』のインタビューVTR だが字幕部分は捏造。

・アニメ『まんが日本昔ばなし』最恐のトラウマ回『松尾のせどさく』1 …… 1984年3月放送の回だがソフト商品化されておらず長らくネット上にもあげられていない。

〇ネット上に広まっているインタビュー画像「先生と二人できました」2 …… 2007年4月30日放送の NHK『ニュース7』で流れたインタビュー映像の可能性が高いが、映像は未確認で画像のテロップと発言が本当にあったかは不明。

12月

・ネットで流布しているおもしろ画像『母の日の園児のインタビュー』の元映像 …… 2006年5月に放送された日本テレビ『NNN ニュースリアルタイム』の中京地方ローカル枠での映像を画像加工したものである可能性が高いが、映像は未確認。

〇アニメ『まんが日本昔ばなし』最恐のトラウマ回『松尾のせどさく』2 …… 放送当時に VHS録画していた人物からコメントがあり、詳細な内容がスクショ画像とともに提供された。

・アニメ『学校の怪談』の放送中止となった第3話『あたし、きれい?口裂け女』の映像がなぜか出回っているらしい …… 総集編スペシャルの中で第3話の内容が一部流用されていただけで、第3話自体は未放送。

・怪談『トイレの花子さん』の元となった心中事件1 …… 1937年夏に岩手県遠野市で発生した心中事件の被害者の小学生女子が市立遠野小学校のトイレに出るという噂が原型だという説だが、その他に1945年3月に岩手県北上市の市立黒沢尻西小学校のトイレが崩落した落雪事故で事故死した小学生男子の霊の噂が原型だという異説もある。

2025年1月

・東宝特撮映画の海賊版を販売していた謎の会社「グリフォン」代表が殺害されたという噂1・2 …… 代表者は元地上げ屋で大阪市桃谷の特撮専門店「ゼネラルプロダクツ」(ガイナックスの前身)にも関わりがある人物で、1993~94年に兵庫県神戸市三宮で特撮博物館「ゴジラショップ in 神戸」も運営していたが、殺害されたという説は噂であり、現在も石川県金沢市で健在であるという説もある。

・ネット上に存在する奇妙な画像『山の休憩所の顔』2 …… 広島県広島市の石ヶ谷峡にある東屋であることが判明したが、人間の顔に見える物体の正体はいまだ不明(柱の貼り紙の上に付いていた何か)。

・TV番組『アンビリバボー』の公式HP に記録がない謎の心霊写真『ピューッ!恐怖の横っ飛び女』…… 1999年の放送で紹介された写真だがネタとして扱われたため HPにリストアップされていないと思われる。写真のように脚が写っている理由は不明。

・詳細不明な謎の番組「緑色の液体に浸かる水着の女性」2 …… 2017年10月14日放送の放送大学2『直立姿勢の不思議』である可能性が高いが、映像は未確認。

≪調査隊≫名古屋市守山区で大量にバラ撒かれていた紙手裏剣の謎 …… TV番組『月曜から夜ふかし』2020年10月放送回で紹介され、その10年~数年前から地元で目撃されていた。2020年の番組放送後に一時減少していたが2024年5月ごろに再び増加したという報告がある。野良猫の捕獲業者の目印という説があるが、守山区だけで見られることの説明になっておらず、時期によって置かれる場所や範囲も変わっていることから、複数の人が思い思いに作って撒いている可能性がある。

2月

〇詳細不明な謎の番組「緑色の液体に浸かる水着の女性」3 …… 千葉県の放送大学図書館のアーカイブで映像を確認した視聴者がおり、『直立姿勢の不思議』の中での「準無重量実験装置」の解説映像と判明。

〇ネット上に存在する奇妙な画像『山の休憩所の顔』3 …… 視聴者が実際に石ヶ谷峡に行って検証したが、東屋の柱に顔に見えそうな物体は無かった。しかし顔があったとされる箇所だけに苔が生えていたため、水分を多く含む布(雑巾?)のような物がそこに掛かっていた可能性はある。

・ネットに投稿された怪談『海を見てはいけない日』の風習は実在していた? …… フジテレビ『世界の何だコレ!?ミステリー』で2023年3月に紹介された、伊豆大島などの伊豆諸島に伝わる毎年1月24日に海を見てはいけないという風習「日忌み祭」のこと。その日の夜には、海から御霊「日忌み様」とも悪霊「海難法師」とも地方神「二十五日様」ともいわれている存在がやって来るといわれ、それを見た者は死ぬと伝わっている。

〇ワイドショー『ルックルックこんにちは』で流れた謎の音声「11時の方向にカメラを回せ」…… 生放送中にスタジオで流されていた音声ドラマ『スパイラル・ゾーン』の BGMが終わり、次のトラックの声優ドラマパートがそのまま再生されてしまった。

・2000年代のチラシ広告に掲載されていた「武装したモノトーンの三人官女」の謎 …… 女武者の巴御前をモチーフとした岐阜の土雛人形や衣装が黒い雛人形はまれに存在しているが、投稿者が発見した北海道札幌市でそういった変わり雛人形が販売されていた記録はない。

≪調査隊≫都市伝説『地図から消えた伝説の杉沢村』3 …… 2020年3月に YouTubeに投稿された動画で、青森市浪岡本郷から山間部に入った土地に結核患者を隔離した蔵があり、大正五(1916)年8月に近隣の村人が患者たちを皆殺しにした事件が杉沢村伝説の元になったと語られている。現在、蔵のあった土地は証拠隠しのために本郷ダムに沈んでいるというが、本郷ダムは1957年に建設されたため大量虐殺を隠蔽する目的にしては建設が遅すぎ、実際にダムの底にあった集落は明治時代には人口減少で消滅している。村人が意図的に消したという蔵に続く山道も実際には消されておらず、これらの説は浪岡に「杉沢」という地名があったことに想を得たデマであると思われる。

3月

・お笑い芸人の怪談『何度捨てても戻ってくる不気味な絵』2 …… TBS『スイッチ』2006年7月放送回で、その後解散したお笑いコンビ「マチコ」の一人が話した怪談だった。絵は「みゆき」と署名された油絵だったが、番組の創作である可能性が高い。

・お笑い芸人の怪談『何度捨てても戻ってくる不気味な絵』3 …… 番組の映像が発見され、マチコの勝又伸悟が話した怪談『呪い』で出てきた絵だったことが判明。怪談自体は荒唐無稽で番組の創作の可能性が高いが、絵はかなり精巧に描かれている。

〇ネットにあがった奇妙なスレ『牛がいた』…… 2013年3月に立ったスレで、東京都板橋区赤塚の住宅街で深夜午前0時ごろに牛を見たという内容。撮影した写真もあり(現在は閲覧不可能)文章に地理的な矛盾はないが、牛がいた理由は不明。

・TVで見た奇妙なニュース『電車の網棚に人間の手首があった』…… 2002年11月に JR阪和線の車両の屋根からミイラ化した人間の手首が発見されたという報道記事が実在し、同年8月に鉄道自殺した遺体の一部であったことが判明した。しかし轢いた後の10月に車両点検をした際には見つからなかったこと、8月に轢いた車両とは別の車両の屋根にあったことなど、不可解な点が多い。

・幻の心霊映像『滝の上の生首』の正体が判明 …… ミステリードラマ『名探偵金田一耕助 獄門岩の首』(1984年3月放送)の中の、警察による現場検証シーンを実際のニュース映像と勘違いした可能性が高い。

4月

・奇妙な事故「青函トンネルの中で人身事故」…… 1991年3月に実際に起きた事故で、陸地からかなり離れた吉岡海底駅(現在は廃駅となり吉岡定点)付近で青函急行はまなすから飛び降り、次に来た貨物列車に轢かれ自殺したものと思われる。

5月

・1980年代に TV番組で紹介されていたという「人肉食の神事がある神社」1 …… 人身御供の伝承の残る神社は全国に愛知県豊川市の菟足神社、千葉県袖ケ浦市の坂戸神社、岩手県花巻市の諏訪神社、大阪府藤井寺市の沢田八幡神社などがあるが、全て人を供えるていのみの儀式か獣肉や魚肉で代用するように置き換えられており、レポーターが食べた物も人肉ではなかったと考えられる。

〇1980年代に TV番組で紹介されていたという「人肉食の神事がある神社」2 …… 鬼に扮した人たちが人肉と称した加工肉を提供される神事のレポートだった可能性が高く、これは奈良県奈良市の薬師寺の神事「鬼追い式」と一致し、酢で味つけをした高野豆腐の素揚げが人肉として鬼役に提供される。

・怪談『トイレの花子さん』の元となった心中事件2 …… 1937年の岩手県遠野市の心中事件が、1996年11月放送のフジテレビ『金曜メガTV 世界ゲゲゲのゲ』で紹介されたもの。ただしこの事件は当時の報道が残っておらずデマ説もある。

・三重県伊賀市の奇妙な地名「ヒトコロシバ」1 …… 1979年刊行の『伊賀町史』付図『伊賀町大字小字名略図』に記載されており、伊賀市愛田に存在している。現在は住居もなく地名の由来は不明だが、すぐ近くに大蛇伝説の伝わる蛇喰池(じゃばみいけ)があるため水利権を巡る争いが激しかったことや、戦国時代末期の天正九(1581)年に起きた第二次天正伊賀の乱の戦場になったことが関係している可能性がある。

6月

・三重県伊賀市の奇妙な地名「ヒトコロシバ」2 …… 公的資料でも「シトコロシバ」や「人殺場」など表記ゆれがあるが、確認できる最古の資料となる大正六(1917)年の官報では「シトコロシバ」となっており、由来は依然として不明。

〇ネット上で有名な正体不明のエロマンガ『第四話 狂宴』…… 2010年代に違法転載系の同人マンガサイトで、有名な第四話を含めた全話を読んだという視聴者がコメント。マンガのタイトルは漢字表記で雑誌連載形式、作者の名前は他作品で聞かないものだったという。内容は超能力ファンタジーで、虫や触手の描写が多かったらしい。

・幻の心霊写真『絶叫する坊主の顔の石』…… 佐藤有文の『写真が証明する心霊ミステリー・ゾーン』(1985年刊)で紹介された、1975年に埼玉県秩父市で発見された珪化木石を撮影した写真である可能性が高い。

7月

・都市伝説『三重県四日市市で連続発生したズボン爆発事故』1 …… Wikipedia で1980~2000年代に四日市の工場で次亜塩素酸ナトリウム溶液を浴びた工員たちの作業ズボンが乾燥後に摩擦で爆発したという事故が紹介されていたが、内容が曖昧で出典不明として削除され、実際の報道記事も発見されていない。また、次亜塩素酸ナトリウムではせいぜい着火程度で爆発するほどの事故は報告されていない。ただし、1977年に愛知県名古屋市港区で亜塩素酸ソーダのしみたズボンが発火する事故が起きており、これが混同・誇張された可能性がある。

≪調査隊≫冥婚の風習が残る「賽の河原地蔵尊」…… 青森県五所川原市にある川倉賽乃河原地蔵尊堂ではイタコの霊媒とともに、未婚のまま亡くなった人を供養するために夫婦の婚礼人形を奉納する風習が伝わっている。ただしこれは1950年頃から始まった風習であるため比較的新しい。人形奉納は今でも盛んだが、イタコは現在1名しか残っていない。

8月

・レールが途中で切れている恐怖のジェットコースター「マッドライダー」1 …… 愛知県のレジャー施設「南知多グリーンバレイ」に2001年5月~04年3月頃まであったアトラクションで、レールが切れた部分はコースターがジャンプしワイヤーで宙吊りになるというものだった。ケガ人が発生して廃止されたという噂があるが事故報告はなく、後期はアトラクション名が「金運龍」に変わっていた。

・犯人がゴルフクラブで負傷させた少年を「病院に連れて行く」と言って車で連れ去りそのまま行方不明となった誘拐事件 …… 1978年に大阪市住之江区で発生した未解決の車轢き逃げ連れ去り事件など類似した連れ去り事件は多く、これと1977年に発生したゴルフクラブ通り魔殺人事件が混同された可能性がある。

〇正体不明の歌『秋葉原で買ったカセットテープに入っていた曲』の新情報1 …… 曲中で使用されているドラムマシンの発売年などや CDが普及する以前のカセットテープ仕様であることから、1984~90年頃に制作された楽曲であることが伺える。また、カセットに印刷されていたメーカー名「ARA」もかなりマイナーな音楽制作会社であり、同じ印刷のある別のカセットに収録されていた水瀬紗羅の楽曲『わがまま』(1984年リリース 発売タイトルは『夢でもいいから』)と同じレコーディングスタジオで使用されていたカセットであった可能性が高い。そして、『わがまま』の作曲を担当した佐藤三樹夫氏がプロデュースした高橋真梨子の楽曲『女友達』(1992年リリース)や『Rain』で使用されているギターやドラムのパターンが問題の歌と酷似していることから、正体不明の歌は佐藤三樹夫氏が作曲とギター演奏を担当している可能性が高く、歌手が判明しないのも唄っているのがプロの歌手ではなく、1988年頃から佐藤氏が音楽プロデュース活動を行っていた演劇公演のいずれかで女優が唄った劇中曲だったからなのではないかという説が浮上した(問題の曲のイントロが短いのも舞台公演用の歌という説を裏付けるものだという)。

〇都市伝説『三重県四日市市で連続発生したズボン爆発事故』2 …… 塩素酸ナトリウムの除草剤の付着したズボンが燃焼したという類似の事故が1930年代のニュージーランドや1967年の日本で発生している。また、1948年4月に福岡県大牟田市の工場で綿を濃硝酸と濃硫酸の混合液に浸して作る「綿火薬(フラッシュコットン)」で仕立てられた股引きが爆発した死亡事故も発生していた。

・レールが途中で切れている恐怖のジェットコースター「マッドライダー」2 …… TV番組『ズームイン総力取材!世界の絶叫マシーン1番恐〜いの決定戦』(2004年秋放送)で紹介された映像が確認された。事故は発生しなかったが、迫力があり過ぎたことで利用率・リピート率が少なく維持費・修繕費に見合わなかったために廃止された可能性がある。

・都市伝説『自殺を誘発する JR中央線の踏切の警告音』…… 踏切の警告音の周波数・間隔や各駅で流れる音楽が人間の精神を不安定にするために中央線沿線での人身事故が多発しているという言説が、1990~2000年代に TVなどの多くのメディアで取り上げられていた(NHK『クローズアップ現代』1999年7月放送回など)が、科学的な根拠はない。また、中央線での自殺者数の増加は当時の平成大不況や「ホームドアが無い」、「高速で走る電車が多い」などの複合的な原因によるものであり、必ずしも警告音のみによるものではないと考えられる。

9月

・ネットで流布しているミーム画像『おまえは何を言っているんだ』2 …… 2004年12月27日に放送された、大晦日の『PRIDE 男祭り』の事前宣伝番組の中でミルコ選手がインタビュアーに対して行った発言だった可能性が高いが、映像は未確認。

・ネットで流布しているミーム画像『おまえは何を言っているんだ』3 …… ミルコ選手が件の発言をした経緯を詳細に説明する2008年9月アップのブログ記事が紹介され、ミルコ選手が前回の対戦でケヴィン選手からもらったパンチをインタビュアーが「まるで交通事故にでも遭ったかのような」と表現したことに対して、ミルコ選手が怒って聞き返した発言だったことが判明。

・正体不明の歌『秋葉原で買ったカセットテープに入っていた曲』の新情報2 …… カセットテープに印刷されていた企業「ARA」は1970~80年代ごろに CM音楽の制作を行っていた会社であり、問題の曲とは別のテープに収録されていた『味の素ギフト』の CM楽曲の制作も担当していた。ARAが1984年頃に事務所を置いていたマンションには数多くの音楽・芸能関係者が入居しており、舞台演劇用の音楽に接点があった可能性もある。

10月

・TV番組『日本で一番コワい夜』で紹介された「時効直前に被害者の霊に悩まされ自供解決した事件」…… 1960年7月に東京都葛飾区で実際に発生した通り魔殺人事件で、1974年12月に犯人が自供したことも事実。被害者の霊が出たという証言は犯人と同房の元死刑囚の著書から流布したものだが、「時効成立前に犯人がうっかり口をすべらせた」説も当時から報道されている。

・正体不明の歌『秋葉原で買ったカセットテープに入っていた曲』の新情報3 …… カセットテープを製造した「ARA」の代表だった杉井修氏の親族から連絡があり、杉井氏本人の発言によると、問題の曲を制作した記憶はないが ARAが関わっている可能性は高く、CM用ではなくリリースに向けたデモテープではないかという推測を得られた。ただしカセットテープという特性上、ARAと無関係な楽曲が後にダビングされた可能性も否定できない。またテープの筆跡は杉井氏のものでなく、曲に関わっている可能性のある人物として名前が挙がっている佐藤三樹夫、高橋真梨子、森口博子のいずれとも面識はないと語っている。ARA は1969~95年に杉井氏がほぼ一人で運営していた広告用音楽制作会社で、楽曲は全て ARA社内で制作し外部からの持ち込みは無かったという。また、1989年頃以降は新曲の制作は行っていなかった。ちなみに、問題の曲と別の ARAカセットテープに収録されていた楽曲『わがまま』に杉井氏は心当たりが無いが、『味の素ギフト』の CM楽曲制作は ARAが担当している。

〇死後の世界が知りたくて自殺した中学生がいたらしい …… 似た自殺例は多くあるが、1973年4月に遺書を毎日新聞に投書し千葉県富津市の鋸山で自殺した高校生の例が最も近い。
11月
〇ネットに存在する恐怖画像『この橋SUGEEEE 』2 …… 台湾の女性双子歌手 Me2の画像が中国で加工され、日本の吊り橋の写真に合成されたもの。

・1977年2月「大阪青酸入りコーラ無差別殺人事件」被害者の謎の自殺 …… 多額の借金をしていた被害者による、東京での青酸コーラ事件を模倣して微量の青酸を使った狂言だった可能性がある。

2026年1月

・視聴者から投稿された奇妙な話「即身仏になったひい伯父」…… 山形県鶴岡市西部で昭和時代ごろに祀られていたという話で、ひい伯父(本間姓)は明治三十(1897)年前後の生まれであるので、事実だとするのならば現存最後の即身仏ということになる(公式記録最後の即身仏は1903年入定)。しかし、ひい伯父が新興宗教の教主だったことは事実だとしても本当に即身仏になったかどうかは不明。※1907年から死体遺棄罪が発効しているため即身仏行は禁止されている。

・シャチの浮き輪の中に入る特殊性癖向け専門店 …… TV番組『何コレ珍百景』2022年4月放送回や、VTuberの月ノ美兎が紹介していた丸呑みフェチ専門店「VORE CAFE」で、神奈川県相模原市にあったが2025年に埼玉県秩父市に店舗移転している。

 

 

 ……ってなわけで、更新しましたよ~! THE つぶろさんの極私的視聴リスト。久しぶりですねぇ。これは再掲記事じゃないですよ!?

 

 なぜこの時期にリストを更新したのかと言いますと、きっかけとしては THE つぶろさんの動画をご覧の方ならばご存じかと思うのですが、これまで「きっかり」毎日更新されていた動画アップがこの1月末に突如停止するという大事件が出来してしまったことが大きくてですね。その後、2月13日から無事にリニューアル再開されていはいるのですが、停止した当初にかなりビックラこいた私は、新しい動画が出ないのならば、その間に過去動画をおさらいしちゃえという気分になったというわけだったのでした。

 

 以上、今回のリストは1年半ぶんくらいになるわけなのですが、やっぱりたまりますわなぁ~、面白いネタが!

 というわけで、本記事であげた動画の内容に関する個人的な雑文は、また次回につぶやかせていただきます。

 

 いや~、何はともあれ動画更新が復活して良かったよ~! 毎日当たり前のように新作が出ていた楽しみが無くなるって、そうとうにショックなもんなんですね…… THE つぶろさんに感謝! かぁぞぉくぅにぃ、感謝ぁ!! あまねしゃ~ん♡

 

≪この記事は gooブログ内『長岡京エイリアン』にて2010年10月30日に投稿したものの再掲です≫

 こんばんは~。そうだいです。いやぁ~、今日は天気わるかったですね、うちの町は! 完全に台風14号の影響でございます(当時)。もう朝から日が暮れるまで、雨と風がビュンビュン!
 でもなんか、もう台風じゃなくなっちゃったんですかね? 日がかわる直前の今ごろ、外はかなり静かになっています。明日は晴れるといいなぁ。

 わたくしごとですが、最近、休日の過ごし方をどうしようか悩んでおります。
 先日にも言ったのですが、大学を卒業して以来ずっと続けていた劇団の役者をやめて、私の生活サイクルは大きく変わりました。稽古の時間がまるごと無くなったからね。
 

 実は本日10月30日が、役者でなくなって以来初めての、稽古も公演もアルバイトも用事もない、まるまる一日オフの日でした。24時間、いったいなにすればいいんだ!?
 

 ところが、残念ながら今日は絵に描いたような台風日だったため、特に外出してどこかに行くという選択肢はなかったんですが、オフにはやっぱ、どこかに行きたくなるんだよなぁ! 家はTVさえねぇし。
 ただ、今は私の財政事情が未曾有のすかんぴんwalk 状態になっておりまして……とにかく今は、来月の給料日までは死ねないという執念で生きております。かせげかせげ~!

 さてそれじゃあ、いつか時間と経済状況に余裕ができた時にどこに行こっか?という話になってくるんですが、私には大いなる野望があるんですよ、野望が!

 突然ですが、わたくしそうだいは「いつかは必ず行ってみたい!」と思っている日本国内の城(か城跡)が、全部で402ヶ所あります。
 

 これは私が、戦国時代に限定してなんらかの重大事件にかかわったという条件でリストアップしたお城の総数です。ある説によると、最盛期には全国あわせておよそ5万あったともいわれる城のうちの402ヶ所なんですから、これは厳選に厳選をかさねた上でのラインナップですよ!
 

 私はこれまで、このブログでやたら世界史(のごくせまいところ)のことばかり語ってきたのですが、ほんっとに私が好きなのは日本史なんです!
 日本の歴史ならどの時代でも好きなんですが、私が特に好き時代は室町時代です。あの、はっきりした「英雄」みたいな存在があんまりなく、でも変革するエネルギーだけはグツグツ沸騰していた感じが最高ですね。
 ただ、小説やドラマなどのフィクション作品が山ほど出ているということもありますし、やっぱり戦国時代と江戸時代幕末はハズせませんやね!
 

 そして、今回にもからんでくる戦国時代のほうに私が本格的に興味を持ち始めたきっかけは、はずかしながらゲームの『信長の野望』シリーズでした。ベタでしょ~!?

 私が『信長の野望』にハマったのは大学時代の2000年前後のことです。ああ、もう15年前のことになるんだ……
 その時、所属していた演劇サークルの部室にファミコンがあって、実家でもあんまりゲームをやったことのなかった私はそこで、よわい19、20というかなりの遅咲きではありましたが、生まれて初めてファミコンの楽しさを知ることとなったのです。他の人に迷惑がかからなかったら、徹夜でやりこむこともできたんだから。もう夢の空間ですよ。
 

 そこでハマったのが『仮面ライダー倶楽部』(いつかじっくり語りたい!)と『信長の野望 武将風雲録』だったのですが、はじめて全国統一を果たした時の感動といったら……!

 私は、昔から大好きな足利義昭でプレイして全国統一したのですが、夜明けの部室で室町幕府の再建という偉業を成し遂げた感動にうちふるえていました。そしてコンビニの早朝アルバイトという日常へ戻ったわけです。
 

 ともあれそれ以来、パソコン用ソフトで発売されている歴代『信長の野望』タイトルを買いあさっては、今日に至るまでいくどとなくさまざまな武将で天下統一を果たしてきたんですが、そうやっているうちに、ゲームの中に出てくる登場人物や合戦の舞台となるお城に興味がわいてくるのも、ごくごく自然ななりゆきってやつですよね。
 

 気がついたら、ゲームを楽しむことと同じかそれ以上に、大学や町の図書館に通いつめて戦国時代の歴史を調べていくことに没頭するようになっていたのです。あの、大学の勉強は?
 そうした自分の中での行き場のない勉学の末に、めでたく2~3年前に完成したのが「全国の行きたい城リスト402」だったわけなんです。よかったよかった。

 これ!これですよ! 時間ができた私がやるべきことは。ゲームや再現ドラマでは味わえない感動が、戦国時代からおよそ4~500年たった今でも現地には残っているはずなんだ、たぶん!
 という決意をあらためて心にきざんだ次第なんですが、まぁ……今のところは軍資金をコツコツためなきゃね。

 ところで、実は今の時点で2~3ヶ所、すでに探訪を終えているお城(跡)があるんです。
 今回はその中から、2年前の春先に行った、402城制覇プロジェクトの記念すべき第1弾のリポートを復活させていただきたいと思います。
 

 時は、2008年3月。

 その日、私は午後に時間があいて天気も良かったので、身近に自転車で気軽に行けるお城はないものかとリストを眺めてみたところ、なかなかいい物件があったのでさっそく行ってみることにしました。
 

 その名は、「小弓(おゆみ)城」! ご存じない!?
 

 場所は千葉県千葉市中央区南生実(みなみおゆみ)町。千葉県の内陸北部、千葉市の南端に位置する土地です。千葉市の地図を見てみると、JR千葉駅からは南へ5~6キロといったところ。
 

「行ったことはないけど、2~3時間もあれば自転車でラクにたどりつけるかな?」


 果たして良好な状態で城跡が残っているのかどうかが不安ではありましたが、春の陽気もあってか、私の心は人生初めての探訪プロジェクト決行に躍っていました。
 その小弓城というお城は、少なくとも戦国時代前半のある時期には、関東地方における激しい戦乱の中心となる重要なポイントになっていたのです。
 

 小弓城を拠点として、足利義明(よしあき 1480年代?~1538年)という人物が小弓公方(くぼう)と自称して活躍していた時期が、まさしくそれにあたります。
 

 この足利義明は、織田信長などをあつかった大河ドラマによく出てくる、室町幕府最後の将軍・足利義昭(竹中直人が主演した『秀吉』で玉置浩二さんが演じた足利義昭は最高でした)とは、まったくの別人です。
 同じ「足利」を名乗ってはいても、血のつながりからいって京都の足利将軍家からはるか遠く離れていた義明さんだったのですが、地理的にも遠く離れた関東地方・下総国の小弓城で、「わしは小弓公方だ。」と近隣諸国に号令していたのです。
 

 「公方」とは、時代は違いますが江戸時代の将軍・徳川綱吉が「犬公方」と陰口をたたかれていたという例でもわかるように、だいたい「将軍」と同じ意味の言葉です。まがりなりにもまだ京に正真正銘の将軍がいた時代に、なぜ関東にも「将軍」が?


 日本史の授業で勉強したことを覚えている方もおられるかと思いますが、室町幕府という政治体制は、京の将軍とは別に、鎌倉時代の昔から「武家発祥の聖地」とされていた関東地方を支配する関東公方(別名・鎌倉公方)というポストをもうけていました。
 簡単に言えば室町時代とは、関東をおさめる関東公方と、それ以外の全国をおさめる京の将軍の、2人の将軍が並立していた時代だったのです。当然ながら両家共に室町初代将軍・足利尊氏の子孫ではあるのですが、基本的に仲は良くありません。
 

 そして話を戦国時代前期の関東にもどすと、かろうじて関東公方の家名は残っていたものの、肝心の権力は、その公方様をお守りするという名目で強引に自分の領内に軟禁していた関東の覇者、北条家(後北条家)のものとなってしまっていたのです。う~ん、まさに下克上!
 

 「関東公方様の命令なんで、攻めさせていただきます。」という大義を振りかざし、着々と関東地方の制覇を進めていく北条家。このままでは房総半島も風前のともしびだ!
 そんな時に、対北条家の最前線たる下総国(現在の千葉県北部)で敢然と反旗をかかげたのが、誰あろう「小弓公方」こと足利義明だったのです。彼は、北条家の勢力下で名のみの関東公方(当時は古河公方)におさまっていた人物の叔父という、由緒ある血筋の人物でした。
 

 いや~、こりゃスゴい。たいした勇気だわ。
 なんてったってあの、天下にその名をとどろかす名城・小田原城にケンカを売ったお方の居城なんですから! そりゃ期待に胸もふくらみますよね! どんだけものすごい巨城なんだろう!?(フラグ)
 

 さぁ、その小弓城にレッツラゴー!! ということだったのですが……(次回に続いてしまいます。)