藤原京エイリアン

藤原京エイリアン

旧ブログ『長岡京エイリアン』から着の身着のまま大八車で引っ越し中。めくるめくとりとめなき雑談のるつぼ!

 みなさまどうもこんばんは~。そうだいでございます。

 いやはや、始まっちゃいましたねぇ、日常生活が。お正月休みが終わるのは世の道理なわけなのですが、いっつも働き始めはユーウツですよね。私は、今シーズンはわりと長めのお休みがいただけたので体力的には充分に英気を養えたのですが、まぁ働かないでダラダラしてたら心もくさっちゃうし、だいいち今月の健康診断の結果がとんでもないことになることは火を見るよりも明らかですので、無理くりにでも身体を動かしてあくせくしましょうということで! 寒いさなかに動きたくないのはみんな同じなので、割り切ってかせぎましょうやぁ。

 

 ということで今回も、そんな倦んだ日常にひとさじの狂気を☆てな感じで、ラヴクラフト特集の続きを整理してまいりたいと思います。ステキ……

 

 前回は作者ラヴクラフトの生涯についてまとめましたが、今回は、彼が創始した「ラヴクラフト神話」から発展して、彼の死後に大成して現在にいたる「クトゥルフ神話」と、それらに準レギュラーで登場するみなさまの紹介をしていきたいと思います。

 正直、紹介している私もラヴクラフトさん以外のクトゥルフ神話作品はほとんど読んでいませんし、ラヴクラフト関係のテーブルRPG をたしなむほどの通人でもありませんので、全キャラクターの特質や相関関係を把握しているわけでもありません。だからこそ、そこにいらっしゃるあなたさまと一緒に学んでいきましょうという感じで!

 

 こういうオリジナル設定を覚えるのって、ファンタジー作品ではいっつも億劫になっちゃうものなのですが、「よくわかんないけどしょっちゅう出てくる名前だなぁ」くらいの認識から、勇気をもって一歩、楽しい狂気の世界へ踏み出していきましょう!

 

「いいな、ちゃんと命だけは持って逃げるんだぞ!」(『ウルトラマンタロウ』第25話より)

 

 キャ~、ZATの荒垣副たいちょ~♡



「クトゥルフ神話」とは
 クトゥルフ神話とは、アメリカで1920~50年代に流行したパルプ・マガジンの小説群を元にした架空の神話体系である。
 ハワード・フィリップス=ラヴクラフトと、友人である作家クラーク・アシュトン=スミス、ロバート=ブロック、ロバート=アーヴィン・ハワード、オーガスト=ダーレスらの作品間での、架空の神々や地名や書物などの固有名詞の貸し借りによって創り上げられた。
 太古に地球を支配していたが現在は地上から姿を消している、強大な力を持つ恐るべき異形のものども(旧支配者)が現代に蘇るというモチーフを主体とする。中でも、旧支配者の一柱であり彼らの司祭役を務めているともされる、太平洋の深海で眠っているという、タコやイカに似た頭部を持つ巨大な古代神クトゥルフは有名である。
 邪神の名前である「 Cthulhu」は、本来人類には発音不可能な音を表記したものであり、クトゥルフやクトゥルーなどはあくまで便宜上の読みとされているため、「クトゥルー神話」、「ク・リトル・リトル神話」、「クルウルウ神話」とも呼ばれる。
 この神話体系で用いられた固有の名称は後世の多くの作家たちに引き継がれているが、名称に伴う設定については各作家の自主性に任されている。
 ラヴクラフト本人は自身の作品群や世界観について、1928年に「アーカム・サイクル(アーカム物語群)」と呼んだ後、1930年頃には「クトゥルフその他の神話……戯れに地球上の生物を創造したネクロノミコン中の宇宙的存在にまつわる神話」と書いている。
 「クトゥルフ神話」という用語は、長らくダーレスの考案とされてきた。そのためクトゥルフ神話はダーレスが独自の見解を加え体系化した後の呼称として、ラヴクラフトの作品群のみや彼の世界観を指す「原神話」や「ラヴクラフト神話」と区別する意味で「ダーレス神話」と呼ばれることもあった。特に、ダーレスによって持ち込まれたとされている「旧神」と「旧支配者」という善悪二元論的な対立関係に否定的な読者は「クトゥルフ神話」と「ラヴクラフト神話」とを明確に区別しているが、近年、ラヴクラフトがダーレスの「旧神」設定を生前に自作に取り込んでいた形跡も新たに指摘されている。

 クトゥルフ神話は多数かつ多様な作品によって構成されており、その源泉を単純に述べることは困難だが、創始者とされるラヴクラフトは、自らが理想とするホラー小説について「宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)」という概念を提唱している。これは無機質で広漠な宇宙においては人類の価値観や希望には何の価値もなく、ただ意志疎通も理解も拒まれる絶対的他者の恐怖に晒されているのだという不安と孤独感をホラー小説に取り込んだもので、吸血鬼や幽霊などの人間の情念に基づいた恐怖を排除する傾向、宇宙空間や他次元などの現代的な外世界を取り上げるなどの要素がある。ただしラヴクラフトの「宇宙的恐怖」にまつわる言説については変化があり、気に入ったフレーズとして場当たり的に用いていた可能性もある。またラヴクラフトの全ての作品が「宇宙的恐怖」を描いているわけでもなく、クトゥルフ神話を宇宙的恐怖という言葉と関係づけて強調したのはむしろ、ラヴクラフトの作品をその没後に刊行したオーガスト=ダーレスである。また、ヒロイック・ファンタジーの文脈を取り入れたロバート=アーヴィン・ハワード、善悪二元論的な作品を描いたダーレスやブライアン=ラムレイなど、宇宙的恐怖以外のテーマを持つ作品も多く存在する。

 一連の小説世界はラヴクラフトとフランク=ベルナップ・ロング、クラーク・アシュトン=スミス、オーガスト=ダーレスらの固有名詞・設定のやり取りによって創始され、彼の死後、ダーレスやリン=カーターらがそれらの設定を整理して「クトゥルフ神話」として体系化していった。ラヴクラフト自身、後期にはある種の体系化を試みた形跡が見られ、共通した人名、地名、怪物名、書名等が現れ、作品間の時系列的関係にも考慮の跡がみられる。しかし、背景をなす神話世界の全体像に関しては暗示するにとどまっていた。
 ラヴクラフトの愛読者であったダーレスは、独自の解釈に基づいて1925年に『潜伏するもの』などを執筆し、「旧神」が邪悪な旧支配者を封印したとする独自の見解や、旧支配者と四大属性の関連性を匂わせるなどの新たな解釈を行なった。ダーレスは1931年にラヴクラフトに『潜伏するもの』の原稿を送っているが、ラヴクラフトが力作と褒めて彼を激励し、自作『インスマスを覆う影』(1936年)においてその設定を取り込んだ形跡がある。この同時期にラヴクラフトは他の友人へ書き送った手紙の中でもダーレスを高く評価しているため、この激励が19歳年下の友人へのリップサービスというわけでもなかったことが窺われる。その後、ダーレスは自らの解釈に基づく作品を多数発表していくことになるが、他の作家たちもそれぞれ自由な解釈や設定を付け加えていった。なおダーレスによると、「クトゥルフ神話」という名称は、この神話の基本的な枠組を明らかにした最初の作品がラヴクラフトの『クトゥルフの呼び声』(1928年)であったことに基づいており、古代神としてのクトゥルフを神話の中心に置いているわけではない。多くの執筆者の手によって諸々の作品が書かれたことや、創始者のラヴクラフトが構想の体系化を完成させていなかったことから、クトゥルフ神話が誕生した正確な時期を特定することは困難であるが、この『クトゥルフの呼び声』が執筆された1926年もしくは発表された1928年をクトゥルフ神話誕生の年とみなすことはできる。
 ダーレスは、1937年3月のラヴクラフトの没後に出版社「アーカム・ハウス」を創設してラヴクラフトの作品を出版することでクトゥルフ神話体系の普及に努め、他の作家が「クトゥルフ神話」作品を書くように働きかけた。これによってラヴクラフトという作家は広く認知されることとなったが、ダーレスはラヴクラフトの文学を後世に伝え広めた最大の貢献者として称賛される一方で、ラヴクラフトのコズミック・ホラーを世俗的な善悪の対立図式に単純化したという理由で後に批判されることにもなった。 とはいえ、ダーレスの存命中にアーカム・ハウスから刊行された新たな作家によるクトゥルフ神話作品は、必ずしも旧神や四大属性などのダーレスの独自設定に準拠しておらず、ダーレスがそれらを強要した形跡も見られない。
 なお、ダーレスはラヴクラフトやスミスの書簡集も刊行したが、クトゥルフ神話についてはあくまでも作品として発表された内容のみを対象としていた。だが、作家のリン=カーターはラヴクラフトらと交わした書簡の中でのみ言及されていた設定や神々の名にも注目し、クラーク・アシュトン=スミスがロバート=バーロウ宛ての書簡の中で述べた「ツァトゥグァ」の系図を採用し、作品中に「クグサクスクルス」の名前を導入したりした。これ以降21世紀現在では、書簡の中でのみ述べられていた設定も次々とクトゥルフ神話作品に取り入れられている。
 ラヴクラフトは、先行する作家アルジャーノン=ブラックウッド、ロード・ダンセイニ、アーサー=マッケンやエドガー・アラン=ポオなどから強い影響を受けている。今日ではマッケンの『白魔』(1899年)やロバート=W=チェンバースの『黄の印』(1895年)など、ラヴクラフトに先行する作品もクトゥルフ神話体系の一部とみなす見解もある。
 クトゥルフ神話作品の基本パターンは、好事家や物好きな旅行者が偶然に旧支配者にまつわる伝承や遺物に触れ、興味を引かれて謎を探求するうちに真相を探り当てて悲劇的最期を遂げ、それを本人が遺した手記あるいは友人が語るというもので、特定の地名や神名、魔術書などの独特のアイテムが作中にちりばめられる。
 クトゥルフ神話はこうしたアイテムによって定義されているとも言え、小説の素材として多くの作家に利用されてきた。ラヴクラフト以後の作家によって書かれた神話作品は、こうしたラヴクラフトの基本プロットを踏襲して、そこに新たに創作した遺物を付け加えるなどクトゥルフ神話の一部と呼ぶに相応しい本格的なものから、単に旧支配者の神名や召喚の聖句などが作中に出てくるだけのものまで、さまざまに共有・拡張され、神話体系ができあがっている。
 作家たちが想像力を尽くして創造した異形の旧支配者たちは怪奇小説ファンのみならず多くの読者を楽しませており、その神話世界は今や怪奇小説のみの枠に留まらず、マンガやゲームの世界にも拡張され続けている。

日本でのクトゥルフ神話
 日本でのクトゥルフ神話の始まりは、雑誌『宝石』1955年9月号に『エーリッヒ=ツァンの音楽』(1922年)の翻訳が掲載されたことであったとされている。ただしラヴクラフトやクトゥルフ神話が広く知れ渡ったのは1972年の雑誌『 SFマガジン』9月臨時増刊号でクトゥルフ神話が初めて特集されたことが契機であり、翌1973年の怪奇小説専門誌『幻想と怪奇』第4号(歳月社)で「ラヴクラフト=CTHULHU神話」と題され特集されたことから注目されるようになったと推定できる。
 1970年代まではラヴクラフト作品の翻訳が発表されるだけだったが、1980年代には日本の小説家によるクトゥルフ神話作品が創作されるようになる。ダーレスの作品が紹介された時期がずっと遅れたせいか、ダーレスによるクトゥルフ神話よりはラヴクラフト作品そのものに近づいている傾向が強い。翻訳されていなかった時期にもラヴクラフトの作品自体は江戸川乱歩により紹介はされており、高木彬光の『邪教の神』(1956年)には、ファンタジー要素は一切無いがクトゥルフ神話を想起させる邪教の神が登場しており、これが日本の小説家によって書かれたクトゥルフ神話の最初の作品であるといわれている。
 また、1990年代後半以降の成年向けパソコンゲームの中ではホラーもののモチーフの定番として引用され、たびたびクトゥルフ神話の独自解釈、パロディや萌え系作品など様々な要素を含んだ作品が数々生まれた。そうした流れを受けて、今日ではライトノベルやマンガでも同じ傾向の引用やパロディがなされ、クトゥルフ神話自体の認知度も高まっている。

クトゥルフ神話の神々と生物
旧支配者(古き神々、古のもの)
 「旧支配者(Great Old Ones)」という呼称自体はラヴクラフトの小説『クトゥルフの呼び声』で言及されているものの、ラヴクラフト自身は旧支配者の名前や正体について触れておらず、クトゥルフは「旧支配者の祭司」とされている。後続の作家や研究家による解釈は、この「祭司」という記述を旧支配者の「配下」あるいは「指導者」とするなどまちまちである。またラヴクラフトは『狂気の山脈にて』(1936年)において、「旧支配者(Great Old Ones)」という呼称を「古(いにしえ)のもの」に対して用いている。
 クトゥルフ神話作品においてこのカテゴリに分類されている神々を旧支配者と呼び、「旧神」と対立する邪悪な神々と位置づけたのは、ラヴクラフトの没後のことである。

 ダーレスによる設定では、旧支配者はそれぞれ四大元素(火、水、土、風)のいずれかに属し、旧支配者同士の対立も存在する。現在は活動が制限されているが、これは時代の移り変わりによるものとも、旧神との戦いに敗れて封印されたためであるともいわれる。いずれにせよ、その眷属や信者が主である旧支配者の復活を画策しており、仮に旧支配者が復活すれば、人類文明などはあっけなく滅ぼされるとされている。
 これらの神々をまとめて旧支配者と呼んだのはダーレスであり、ラヴクラフト自身はクトゥルフ以外の旧支配者の名はまったく挙げていない。したがってラヴクラフトの作品のみに準拠する限り、ヨグ=ソトースやハスターやナイアーラトテップが旧支配者であるという根拠は存在しない。
 なお英語の「Great Old Ones」という用語は、ラヴクラフトの小説『クトゥルフの呼び声』で言及されている呼称であるが、これを日本語訳で「旧支配者」としたのは、後にダーレスによって創作された「かつては宇宙を支配していたが失権した神々」という設定を踏まえた意訳であり、ラヴクラフトの意図に基づく正確な訳とは言えない。

アザトース(Azathoth)
 ラヴクラフトの小説『闇に囁くもの』(1931年)では「もの凄い原子核の渾沌世界」と描写され、『闇をさまようもの』(1936年)では「万物の王である盲目にして白痴の神」とされている。『魔女の家の夢』(1933年)においては「時空のすべてを支配するという白痴の実体」とされる。居場所に関しては「白痴の魔王アザトースが君臨する、『混沌』という窮極の虚空の暗澹たる螺旋状の渦動」と記されている。『未知なるカダスを夢に求めて』(没後1943年発表)では「果てしなき魔王」と表現されている。
 狂気に満ちた宇宙の真の造物主であり、いかなる形をも持たない無形の黒影、飢えと退屈に悶える白痴の魔王、名状し難くも恐るべき宇宙の原罪そのものとされている。無限の宇宙の中心部で不浄な言葉を吐き出し続けていると形容される。
 暴走するエネルギーの塊で、三次元空間に押し込められるものではないと説かれ、沸騰する混沌が渦巻く最奥に存在する、時を超越した無名の房室で、あたかも玉座に大の字になって寝そべっているような様子で泡立ち、膨張と収縮を繰り返している。アザトースの座する周囲では、心を持たない無形の騒がしい踊り子の群れが常に取り巻いて踊り狂い、太鼓の連打と魔笛の音色で、常に乾いているアザトースの無聊を慰めているという。
 宇宙の全ての「存在」はアザトースによって創造され、逆にアザトースを見たものは存在の根底を破壊されると語られている。しかし、アザトース自身が何かをなすことは滅多に無く、神々の使者であるナイアーラトテップが代行者としてその意思を遂行する。今は眠りについているという、かつて地球を支配していた「旧支配者」が復活する時、アザトースもまた無明のレン高原に舞い戻ると予言されている。この神が現れるところは常に創造と破壊の入り混じった爆発的な混沌のみが吹き荒れるため、これを待望する崇拝者はほぼ存在しない。火星と木星の間にある小惑星帯(アステロイドベルト)は、以前そこにあった星が、召喚されたアザトースによって破壊されたなれの果てであるという。
 また、ラヴクラフトは1933年4月に友人に宛てて記した書簡において、アザトースが自身の魂魄にして使者でもある「這いよる混沌」ナイアーラトテップを生み、さらにはクトゥルフ神話体系における最高神ヨグ=ソトースを生んだという神「無名の霧(Nameless Mist)」や、ヨグ=ソトースの妻であるという「豊穣の女神」シュブ=ニグラスを生んだという神「闇(The Darkness)」を生んだと語っている。

クトゥルフ(Cthulhu)
 太古に外宇宙から地球に飛来した侵略者。先に地球を支配していた「古のもの(樽型人)」たちは防ぎきれず、戦争を経て最終的には講和を結び、南太平洋の大陸をクトゥルフ達に譲った。しかしルルイエの都が海に沈んでクトゥルフは眠りにつき、残されたクトゥルフの種族たちは、「善神クトゥルフが宇宙の魔物のしわざで封印された」と伝承していった。
 ダーレスが体系づけたクトゥルフ神話(特に四大霊を唱える派)においては、旧支配者の一柱で「水」を象徴し、「風」の象徴であるハスターとは対立するものとされた。
 「旧支配者の大祭司」とされるが、『ダンウィッチの怪』(1929年)で引用される『ネクロノミコン』の記述によるとクトゥルフは旧支配者を崇拝する神官にすぎず、旧支配者特にヨグ=ソトースなどには及ばない存在とされる。

ダゴン(Dagon)
 水棲種族。身長6メートル以上、よどんだ両目は突出し、分厚くたるんだ唇と水かきのついた手足を持つ2足歩行をする半魚人と言われる。ダゴンを小型化し人間大にしたものが「深きものども」である。ダゴンは深きものどもの指導者であり、旧支配者クトゥルフに仕える従属神と位置づけられる。
 ダゴンの初出はラヴクラフトの短編『ダゴン』(1919年)で、後に『インスマウスの影』(1936年)で深きものどもが登場する。深きものどもは、地上の人間と混血しダゴン秘密教団を組織している。
 「ダゴン」という名称は、旧約聖書でペリシテ人が崇拝していた「ダゴン神」に由来する。ペリシテはイスラエルの敵であり、ダゴン神はユダヤ教からの視点では異教の神(悪神・悪魔)である。『インスマウスの影』でも、ダゴンはアスタロト・ベリアル・ベルゼブブなどいったキリスト教の悪魔たちと並んで呼ばれている。

ガタノゾーア(Ghatanothoa)
 旧支配者。石化の能力を持つ。初出はヘイゼル=ヒールドとラヴクラフトの合作『永劫より』(1935年)。
 そのおぞましい容姿は、人間が目にすると脳を生かされたままで全身が石と化す。その姿を垣間見た者は、「巨大で、触腕があり、象のような長い鼻が備わり、蛸の目を持ち、なかば不定形で、可塑性があり、鱗と皺に覆われている」と表現している。
 ガタノゾーアの伝説は『無名祭祀書』に記され、ユゴス星の民がガタノゾーアを地球に連れて来たという。ユゴス星人が姿を消してからも、邪神ガタノゾーアはムー大陸の聖地クナアのヤディス=ゴー山の要塞地下に棲んでいた。
 ムー大陸が沈んだ後の消息は不明だが、その信仰の名残がムーが存在した太平洋地域を中心に世界中で見られる。古代ヨーロッパに伝わる妖術にも関係し、キリスト教勢力によって徹底的に破壊されたが、邪教団の根絶には至っていない。

ナイアルラトホテップ(Nyarlathotep)
 初出はラヴクラフトの散文詩風短編小説『ナイアルラトホテップ』(1920年)。古代エジプトのファラオのような「背の高い浅黒い男」と表現されている。旧支配者の一柱にして、アザトースを筆頭とする外なる神に使役される使者でありながら、アザトースと同等の力を有する土の精であり、人間はもとより他の旧支配者たちをもさげすんでいる。「這い寄る混沌」の異名をもつ。
 顔がないために千もの異なる顕現を持ち、特定の眷属を持たず、狂気と混乱をもたらすために自ら暗躍する。彼が与える様々な魔術や秘法、機械などを受け取った人間の多くは破滅する。天敵であり唯一恐れるものは火の精と位置づけられる旧支配者クトゥグアのみ。また旧神ノーデンスとも対立している。
 旧支配者の中で唯一幽閉を免れ、他の旧支配者と違い自ら人間と接触するなどクトゥルフ神話において特異な地位を占める神であり、クトゥルフ神話におけるトリックスターとも言える。アザトースの息子とも言われる。
 ラヴクラフトの手紙によると、この宇宙の中心、正常な物理法則が通用しない混沌とした世界には、絶対的な力をもった存在アザトースが存在したが、アザトースは盲目で白痴なので、自らの分身として「闇」と「無名の霧」と「ナイアルラトホテップ」を生んだ。ナイアルラトホテップは自らの主人であり創造主であるアザトースら異形の神々に仕え、知性をもたない主人の代行者としてその意思を具現化するべく、あらゆる時空に出没する。
 ラヴクラフトの短編『未知なるカダスを夢に求めて』では、簡単にひねり潰せるはずの人間を騙して自滅に追いやろうとするなどトリックスター的な役割を担っている。

ヨグ=ソトース(Yog-Sothoth)
 「外なる神(The Outer GODS)」で、旧支配者とは別格の神々。
 「存在」ではなく「空虚(void)」と表現される。時空の制限を一切受けない最強の神。この神性は過去・現在・未来、全存在(旧支配者さえ)をも含有しており、かつあらゆる時間・空間と共に存在している。ラヴクラフトの『銀の鍵の門を越えて』(1934年)では、ヨグ=ソトースに関して「始まりも終わりもない」とされ、「かつてあり、いまあり、将来あると人間が考えるものはすべて、同時に存在するのだ。」とされている。

ノーデンス(Nodens)
 「旧神(Elder Gods)」の一柱。ケルト神話に実在する医療の神ノドンス(Nodons)をモデルにしているが、直接の関係は無い。「偉大なる深淵の主(Lord of the Great Abyss)」とも「大帝」とも呼ばれる。
 初登場作品は、『霧の高みの不思議な家』(1931年)。マサチューセッツ州の港町キングスポートには「偉大なる深淵」という異界につながる館があり、ノーデンスが訪れる。ノーデンスは白髪と灰色の髭をもつ老人の姿をしており、イルカの引く巨大な貝殻の戦車に騎乗する海の神のような性質を持つ。
 『未知なるカダスを夢に求めて』では、ドリームランドの地下に広がる暗黒世界「偉大なる深淵」を治めている。ドリームランドでは神族の秘密を探ることはタブーとされており、禁忌を冒そうとする不埒者をノーデンスは夜鬼を使役して妨害する。それ以外では人間族に対しては比較的好意的な神である。ナイアルラトホテップとはライバル関係にあり、両者は異なる思惑を以て神族を保護する救世主的な役回りで活躍する。

ショゴス(Shoggoth)
 ラヴクラフトの連詩『ユゴス星より』(1930年)で名前が言及され、物語への初出は『狂気の山脈にて』(1936年)である。
 太古の地球に飛来した宇宙生物「古のもの」によって創造された漆黒の玉虫色に光るタール質のアメーバのような粘液状生物で、体表に無数の目がある。不定形で決まった姿を持たず、非常に高い可塑性と延性を持ち、必要に応じて自在に形態を変化させ、さまざまな器官を発生させることができる。体長約4mと説明されているものの、中には地下鉄の車両ほどに大きなサイズの個体も登場する。水中で活動するように作られたため、地上では動きが鈍くなる。呪文やテレパシーで操ることが可能だが知性が高く、従順でないため危険な生物である。南極圏における「古のもの」の眷属として巨大都市・狂気山脈の建設などに使役された。
 なお『インスマウスの影』(1936年)では、「深きものども」がショゴスを使役しているらしいことが仄めかされている。

 

 

 ……てな感じでございます。みんな正気~!?

 

 いろいろくだくだと引用してきたのですが、正直、ぜんぶ頭に入れておかないとラヴクラフト小説を理解できないというわけでもありませんし、そもそも創始者たるラヴクラフトさんからして上のような設定を最初からかっちり決めて書いていたようではないので、あくまでも「そんな感じのこわいやつらが昔いたらしいよ」というふわっと感でインプットしといてよろしいのではないでしょうか。

 

 ただちょっと難なのは、キャラクターの名前がまず人類に発音しやすい言語体系に基づいていないことと、日本語で推定して訳することの二重のハードルがあるので、訳のバージョンによって固有名詞がけっこう揺れることでしょうか。「クトゥルー」と「ク・リトル・リトル」とか、「ナイアーラトテップ」と「ニャルラトホテプ」とか。でもまぁ、これも慣れてくれば大丈夫っすよ。みなさんもご自分の固有名詞は、誰に呼ばれるかによって何個もありますよね? まぁ、本人はあんまり知りたくないやつもあるでしょうけどね、フフフ……

 

 

 さてさて次回は、今回紹介させていただいたような愉快な神々のみなさんが一体どんな百鬼夜行を繰り広げていくのか、具体的なラヴクラフト作品の数々をひもといてまいりましょ。

 

 いよいよイベントも近づいてきたぞ~! さぁ、明日もお仕事がんばろうっと!!

 

 どもども、こんばんは! そうだいでございます。

 

 え~今回はですね、前に言ったような経緯で2026年最初に私が参加するイベントがラヴクラフト関係という、あまりにも幸先が良すぎる事態になったため、旧ブログで断続的にあげていたラヴクラフト関係の資料まとめを再構成して、何回かに分けて投稿し直していきたいと思います。やっきなっおし~☆

 

 第1弾となる今回は、一連の伝説的ホラー小説とコズミック・ホラーの世界観を遺していった作者ラヴクラフトに関する情報をまとめていきます。単に Wikipediaの記事を要約しただけですが、あしからず!



ハワード・フィリップス=ラヴクラフトとは
 ハワード・フィリップス=ラヴクラフト( Howard Phillips Lovecraft、1890~1937年)は、アメリカ合衆国のホラー小説家、詩人。「宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)」と呼ばれる SF的ホラー小説で有名である。ラヴクラフト自身の死後、彼の小説世界は友人の作家オーガスト=ダーレスによって、ダーレス独自の善悪二元論的解釈とともに体系化され、「クトゥルフ神話」として発表された。そのため、ラヴクラフトはクトゥルフ神話の創始者であるとも言われる。ただし、ラヴクラフトの宇宙的恐怖を主体とする小説世界を「原神話」や「ラヴクラフト神話」と呼び、ダーレスがラヴクラフトの死後に体系化した「クトゥルフ神話」と区別する場合もある。
 スティーヴン=キングや菊地秀行といった後代の人気作家にも愛読者は多く、アメリカの怪奇幻想文学の重要な担い手と評されることも多い。一方で、ラヴクラフトはあくまでも学問的な研究書では触れられない大衆小説家であって、文学者としてはポオの亜流に過ぎないという評価もある。事実、生前は低俗雑誌(パルプ・マガジン)の作家としてはそれなりの人気はあったものの、文学的に高い評価は受けておらず、出版された作品も極めて少なかった。その死後に、ダーレスの創立した出版社「アーカム・ハウス」から彼の作品群が出版されたことで再評価が始まったという経緯がある。

 1890年8月20日、アメリカ合衆国の東北部ロードアイランド州の州都プロヴィデンスに、宝石商人ウィンフィールド・スコット=ラヴクラフトの長男として生まれる。商才豊かな父は、地元の名士として知られていたフィリップス家から妻を得て社会的成功を収めたが、ラヴクラフトが幼少の時に神経症を患い、1898年に精神病院で衰弱死している。
 父の死後は、母方の祖父フィップル=フィリップスの住むヴィクトリア朝式の古い屋敷に引き取られた。経済的には先に述べた通り、母方の一族が裕福であったことから不足はなかった。早熟で本好きな少年ラヴクラフトは、ゴシック・ロマンスを好んでいた祖父の影響を受け、物語や古い書物に触れて過ごした。6歳の頃には自分でも物語を書くようになったが、架空の怪物「夜妖(ナイトゴーント)」にさらわれる悪夢に悩まされるなど、父に似た精神失調を抱えて育った。悪夢については、8歳で科学に関心を持ち宗教心を捨てると見なくなったという。
 青年期には学問の道に進むことを志して勉学に励み、並行して16歳の時には新聞に投稿するようになり、主に天文学の記事を書いていた。しかし肝心の神経症は悪化を続け、通っていた高等学校も長期欠席を繰り返し、成績は振るわなかった。追い打ちをかけるように唯一の理解者であった祖父が死去すると精神的にも経済的にも追い詰められ、結局、高校は中退している。それでも独学で大学を目指したが挫折し、18歳の時には趣味であった小説執筆も中断し、なかば隠者のように世間を避けて暮らすようになった。こうした神経症が改善されてきたのは30歳になった頃だったが、青年期の挫折はラヴクラフトにとって常に苦い記憶であった。
 1914年4月、アマチュア文芸家の交流組織に参加したことをきっかけにラヴクラフトは小説との関わりを取り戻し、その3年後には小説の執筆を再開して同人誌に作品を載せるようになった。また1915年からは文章添削の仕事を始めたが、ラヴクラフトが大幅に手を加えた結果、元の原稿とかなり違う作品になることもままあった。この文章添削業は彼の主要な収入源となっていたが、無料奉仕も多かった。女流ホラー作家のヘイゼル=ヒールド(1895~1961年)やゼリア=ビショップ(1897~1968年)など、ラヴクラフトの添削によってクトゥルフ神話作品を執筆することになった作家も少なからずいる。前述のダーレスの他、ロバート=ブロック、クラーク・アシュトン=スミス、ロバート・アーヴィン=ハワードらとは膨大な量の書簡を交換している。しかしラヴクラフトは小説家としては長年高い評価を得られず生活は貧しいものだった。彼は旅行が好きで、経済的に余裕があって健康だった時代には、北はカナダ東部のケベック州から南はアメリカ南部のルイジアナ州ニューオーリンズまで長距離バスを利用して旅行することもあったが、その目的は古い時代の細かい文化を調査するためだったという。その頃、自身の貧困が幸いして長い間希望していた古い家に住むという願いがかなった。
 1922年になってようやく自身の作品が売れるようになったが、文才に自信が無かったため文章添削の仕事を続けて腕を磨き続けた。45歳を過ぎてギリシア語をマスターしたが、1936年6月に友人のロバート・アーヴィン=ハワードが母親の重病を苦に自殺したこと(享年30歳)に衝撃を受け、また同年に自身も腸ガンの診断を受け、その後の栄養失調も重なり、翌年1937年3月15日に病没した。享年46歳。彼の生前に出版された単行本は、1936年に出版された『インスマウスの影』1作だけであった。 彼の没後の1939年に、文通友達で同業者でもあるオーガスト=ダーレスらが発起人となり、彼の作品を出版する目的でアーカム・ハウス出版社が設立された。

 食べ物の好みに関しては海産物が特に嫌いなようで、その嫌悪感は激しいものであったという。このことが彼の作品に登場する邪神たちの造形に強く影響を及ぼしたといわれている。好物はチーズ、チョコレート、アイスクリーム。これはラヴクラフトの母が彼の幼少期に好むものだけを与えたことによるものである。タバコは吸わず酒も飲まなかったという。創作はホラーや幻想小説を主としていたが、本人は迷信や神話の類は一切信用せず無神論者を自認していた。エドガー・アラン=ポオ、ダンセイニ卿、ウォルター=デラメア、バルザック、フローベール、モーパッサン、ゾラ、プルーストといった小説家を愛し、小説においてはリアリズムを好んでいた。その一方でヴィクトリア朝文学は嫌いであった。幼い頃にヴァイオリンを無理矢理習わせられていたため、音楽に関する好みは乏しかった。絵画に関しては風景画を好み、叔母の描いた風景画を階段の壁にかけていた。ちなみにラブクラフト自身は絵を描くことはなかった。建築に関しては機能的な現代建築を嫌っており、ゴシック建築が好きだったと言われている。あらゆる種類のゲームやスポーツに関心がなく、古い家を眺めたり夏の日に古風な風景画のように美しい土地を歩き回ることが好きだった。
 また、ニューヨークに象徴される現代アメリカ文化に対する嫌悪感も作品で強く描写されており、ラヴクラフトの恐怖と嫌悪は人種差別云々以前に自身の生活階層も含む現実世界全般に及んでいたものと思われる。
 彼の生きた時代は西洋白人文明の優越性が自明のものとされ、それを人種論や優生学から肯定する学説が受け入れられており、彼の発言や作品中にも21世紀現代の視点から見れば人種差別的にとられる考えがしばしば散見される。ただし、ラヴクラフトはそれぞれの民族は性向や習癖が異なっていると述べ、ヒトラーの人種的優越感による政策やユダヤ人弾圧を批判しており、ムッソリーニには敬服しているがヒトラーは劣悪なコピーだと批判している。ただし、ヒトラーの著書『我が闘争』を読んだ当初はひどく感銘し、友人に対しこの本は最高の書であると絶賛していたこともあった。また、自身の育ったアングロサクソン文明よりもアジアの中華文明がより優れていると考えており、日本の俳句や浮世絵を鑑賞したことも知人宛の書簡で述べている。しかし、多くの人種の平等を唱えながらもネグロイドとオーストラロイドだけは生物学的に劣っているとして、この二者に対しては明確な線引きが必要だと主張している。晩年は社会主義的傾向を強めソヴィエト連邦を礼賛していた。
 ラヴクラフトの初期の作品はアイルランド出身の幻想作家ダンセイニ卿やエドガー・アラン=ポオの作品に大きく影響を受けていたが、後期は宇宙的恐怖を主体としたより暗い階調の作品になっていく。ブラヴァツキー夫人が著した『シークレット・ドクトリン』をはじめ神智学の影響も見受けられる。19世紀末から20世紀初頭にかけては世界的にスピリチュアリズムが流行しており、ラヴクラフトもその潮流の中で創作活動を行った。作品は彼自身の見た悪夢に直接の影響を受けており、中には『ナイアルラトホテップ』など、自身の夢にほぼ忠実に書かれた作品もある。このことが潜在意識にある恐怖を描き出し多くの人を惹きつけている。現在も、世界中で彼の創造した邪神や宇宙的恐怖をモチーフにした小説、ゲーム、映画などが作られ続けている。

略歴
1890年8月20日 誕生。父はウィンフィールド・スコット。母はプロヴィデンスの旧家出身のサラ・スーザン(旧姓フィリップス)。グリム童話やジュール=ヴェルヌ、アラビアン・ナイトやギリシア神話を愛読し、夜ごと悪夢に悩まされる子どもであった。
1898年7月19日 父が不全麻痺により死去する。このころエドガー・アラン=ポオの作品と出逢う。
1906年 雑誌『サイエンティフィック・アメリカン』などに天文学関係の投書やコラムを寄稿するようになる。
1908年 神経症のため高等学校を中退する。
1915年 文章添削の仕事を始める。
1916年 文通グループ「 Kleocomolo」を結成する。
1917年 徴兵検査で不合格となる。これは彼に生涯つきまとうコンプレックスの一因になった。
1918年 「 Kleocomolo」を解散し、新たな文通グループ「 Gallomo」を結成する。
1919年 母が神経障害で入院する。
1921年5月22日 母が死去する。
1923年 創刊したばかりの怪奇小説専門パルプ雑誌『ウィアード・テールズ』10月号に短編『ダゴン』が掲載される。
1924年3月3日 文通で知り合った実業家ソニア=ハフトグリーンと結婚し、ニューヨークのブルックリン地区に移住。しかし翌年に別居する。
1929年 ソニアと離婚し、プロビデンスに帰郷する。
1937年3月15日 腸ガンのため死去する。享年46歳。

「ラヴクラフト神話」とは
 ラヴクラフト神話は、ラヴクラフト研究者であるS=T=ヨシがラヴクラフトの小説世界を表すために使用した言葉。 同義の言葉として「原神話」や、アメリカの神学者ロバート=マクネイア・プライスによって用いられる「クトゥルフ神話プロパー」などがある。
 ラヴクラフトの後輩作家であるオーガスト=ダーレスらが後に体系化した「クトゥルフ神話」と区別するための用語であり、ラヴクラフト自身が「宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)」のコンセプトに則って記した作品、および彼の生前に彼の監修・許可の元に書かれた作品群のみを指す点でクトゥルフ神話と違っている。ダーレスらのクトゥルフ神話体系には、ラヴクラフトの全作品およびラヴクラフト自身の実人生までもが含まれるが、ラヴクラフト神話体系ではそれらは除外される。このような定義が生まれた背景には、クトゥルフ神話の「フィクションの上に積み上げられたフィクション」としての性質があり、線引きと解釈の問題が常につきまとう。
 また、ダーレスによって後世に追加されたクトゥルフ神話の設定としては、「旧神」が邪悪な「旧支配者」を封印したとする設定、およびそこから来る善悪二元論的な側面や、旧支配者と四大元素の関連がよく挙げられる。

 前述のラヴクラフト研究者S=T=ヨシによれば、ラヴクラフト神話には以下の4つの重要な要素が存在する。
・「人類の存在、歴史、価値観は全宇宙から見れば微々たるもの」という宇宙主義思想
・アーカムに代表される架空のニューイングランド州都市
・アザトースやヨグ=ソトースなどの「擬似神話的」な神性
・『ネクロノミコン』に代表される謎の古文書


 なお、これらの要素は多くのラヴクラフト作品に登場するが、ラヴクラフト自身が体系立てて考えていたものではなく、著作を進めていく過程で築き上げていったものであり、時間をかけて統合されていったものであるため、ラヴクラフト神話に含まれる作品を固定されたルールに基づいて分類することは難しい。
 特に問題となることが多いのは、『未知なるカダスを夢に求めて』(1926~27年執筆、1943年没後発表)などの、ラヴクラフトの初期の「夢の国もの」作品である。ラヴクラフト独自の神格や魔道書が特に登場しない夢の国ものを範囲に含めるか除外するかによって、ラヴクラフト神話体系は全く違った印象を与えるものとなり、21世紀現在でも多くの解説書においてこの判別は一様になっていない。

 

 

 ……はい、というわけでありまして、およそ130年前のアメリカの東北地方(おらだずどおなずだべ!)で生まれ、残念ながらそんなに有名にならずに世を去ったラヴクラフトさんは、その死後にとてつもない影響を全世界のエンタメ業界におよぼすこととなったのです。ほんと、この言い方は誇張じゃないっすよ!? ラヴクラフトさん自体は知らずとも、あなたがかつて夢中になったフィクション作品の多くに、かならずラヴクラフトの「ちから」は波及しているのだ……ほ~ら、あなたが今楽しんでいるその小説の、ゲームの、マンガの、アニメの、その陰にあの長~い顔が。

 

 さぁ、そのラヴクラフトさんが具体的に、どのようなものどもを創りたもうたのかについては、また次回

 いや~、イベントはいよいよ今週末! たんのしみだなや~オイ!!

 

≪この記事は gooブログ内『長岡京エイリアン』にて2010年9月12日に投稿したものの再掲です≫

 こんばんは! そうだいです。いやぁ、今日もやりました、舞台本番(当時)。2日目も無事に終わりました。観に来ていただいたお客様には喜んでいただけたかしら? 今日は、大学時代以来の親友にも観に来てもらったんですが、彼からのさしいれで素晴らしい柄のTシャツをいただきました。とても素敵なTシャツだったのですが、そこにプリントされていたもののことについては、また後日に語らせてもらいたいと思います。親友君、どうもありがとう! これ、ほしかったんだぁ!

 さて、今日もいってみようかぁ、古代ヨーロッパの世界へターイムスリーップ!
 

前回までのあらすじ~

 時は紀元前771年。およそ400年の平和をたもってきたアルバ・ロンガ王国に風雲が吹き荒れる。国王ヌミトルとその弟アムリウスとのあいだに大抗争が勃発し、ヌミトル王派が敗北してアムリウスが王座を奪う事態となったのだ。
 しかし、「兄貴の血筋の男子は皆殺しにせよ」という弟王の厳しい命令にもかかわらず、兄王の孫にあたる生まれたばかりの双子の兄弟は、川に流される処置がなされた。担当した兵士が幼い兄弟をふびんに思い手心を加えたためだったのだが、果たして、兄弟の行く末やいかに!?


 ……という展開だったんですが、かごに入れられた兄弟はアルバーノ山地から北の土地にドンブラコと流れてゆき、なんということか! 森に流れ着いてそこに住んでいたオオカミに助けられます。オオカミのお乳を飲んで生き延びた兄弟は、通りすがりの羊飼いに発見されて保護されました。羊飼いは、オオカミのお乳(ルーマ)を飲んでいた兄弟ということから、それぞれ兄をロムルス、弟をレムスと名づけて2人を育てます。
 

 時は流れて紀元前753年。元気な19歳(数え年)の若者となった兄弟は、ひょんなことから自分達が、実はアルバ・ロンガ王国の王子だったという衝撃の事実を知ってしまいました。
 

「俺達は羊飼いじゃなくて王子だったのか! しかも、今の国王が俺達を追放した張本人で、俺達のお祖父ちゃんは20年近くもそいつに幽閉されているんだって!? ゆ……許せん!」


 ロムルス&レムス兄弟は、現代の19歳にもまさるとも劣らない若さで突進していきます。弟王に不満を持っていた羊飼い仲間を呼び集めて、一気にアルバ・ロンガ王宮に乱入して弟王アムリウスを殺してしまいました。殺気に満ちた双子の兄弟たち若者集団に対して、アムリウス王は兄貴から王座を奪って20年もたとうかとしていたお爺ちゃん……なんか日本の『曽我兄弟』とか『忠臣蔵』のような、哀れな最期でありました。
 いっぽう、幽閉されて約20年! やっと孫たちによって解放されたヨボヨボの兄貴王ヌミトルは、当然のごとく正統な王位継承者である孫たちに国王の座を譲ろうとしますが、なんと双子兄弟はこのおいしい話を断り、アルバーノ山地の北西に位置する、自分達が羊飼いとして育ってきた7つの丘に囲まれた土地に新たな国を建国したいという提案をします。孫とはいえ自分の恩人たちの言うことですから、兄貴王は惜しみつつも孫たちの新王国設立を許可し、ここに、アルバ・ロンガ王国とは違ったまったく新しい王国が建国されることとなりました。
 

 おそらくですが、ロムルス・レムス兄弟は、400年間の慣習やしがらみにがんじがらめになっていた古くさいアルバ・ロンガ王国にはなんの魅力も見出せなかったのではないでしょうか。それよりも、自分達の住み慣れた土地で、誰にも縛られることなくゼロから新しい国を創り出していくというやり方のほうがスッキリしてていい!と判断したのでしょう。うーん、さすがは若者。わかりやすいです。
 

 ロムルスとレムス兄弟の行動は、ごらんの通りに非常に若々しく男臭いものなんですが、それゆえの悲劇も建国の直前に起こってしまいました。
 さっそく故郷の地に戻り、都市国家を建設する兄弟だったのですが、どこを国の中心地にして城壁を築くのかで意見が対立し、そのあげくに決闘になってしまい、兄ロムルスが弟レムスを殺すという結果になったのです。
 

 若い……なにも殺さなくても、と私も最初に感じたのですが、よく考えてみると身勝手なお祖父ちゃん兄弟の喧嘩のために運命の非情なとばっちりを受けて育ってきたロムルスとレムスのことです。2人兄弟が仲良く1つの国の共同王になるというヴィジョンには、もともと2人とも信じきれない嫌な予感のようなものがあったのではないでしょうか。ともあれロムルスは、建国直前というグッドすぎるタイミングで弟をほうむり去り、若い力を結集したこの7つの丘に囲まれた土地に自分の名前にちなんだ国名をつけて、その国の初代国王に即位するのでした。
 

 はい~、それこそが! 「ローマ王国(王政ローマ)」だったんですねぇ。


 「ローマ」! やっと出てきました、この名が! なるほど~、初代国王がロムルスさんだから国名がローマになったのか。

 でも、「帝国」はまだなんですよ……帝国じゃなくて王国なんです、この時点では。具体的に初代国王ロムルスがどんな王国を築いたのかについては、また次回にということにしましょう。

 「 YAT安心!」って、進行が遅すぎて全っ然、安心できねぇよ……ほんとに帝国の歴史までいけんのか!? う~、不安。