井蛙之見(せいあのけん)

井蛙之見(せいあのけん)

毎日、いい音楽を聴いて、好きな本を読み、ロードバイクで戯び
楽しく話し、酒色に耽り(!)、妄想を語り、ぐっすり眠る。
素晴らしきかな人生!
井の中の蛙 大海を知らず 
されど、空の蒼さを知る
(五十路のオッサン、ロードバイクにハマる。)

私は落語が好きで、とりわけ「左甚五郎もの」は大好きな演目である。

録音などが残されたものでは、桂三木助師匠、桂歌丸師匠のものは名演だと思う。

 

左甚五郎に「三井の大黒」という噺がある。

京都でブラブラしていた左甚五郎のところに

「阿波の運慶先生に恵比寿像を彫ってもらったので

対の大黒天像の彫刻を依頼したい」と越後屋から使いが訪ねてくる。

ただし、仕事を受ける条件として「納期・完成の約束なし」と含ましたうえで依頼を受け、

手付金を受け取る。

とんでもない契約内容だが、名人ゆえになぜか成立する。

その後、江戸まで来て訳あって世話になった大工の棟梁の家で

半ば忘れていた大黒天を彫り、納品、残りの金を受け取るという噺。

 

私は実にい加減な性格だが、「約束したことは守る」ということだけやってきた。

だから、どんな些細なことであれ、「できない約束をする人間」を私は信用しない。

さらに、時間の約束すら守れない人は用事がない。

小さなことでも積み重ねることで信用が生まれる、と私は思う。

信用は築くのは難しいが、失うのは一瞬である。

 

この噺ではふとしたきっかけで、忘れていた約束を思い出す。

そして、大黒天を彫りだし、納品する手はずとなる。

この噺で感心する場面に、左甚五郎が道具を大事に手入れする様子が描かれている。

イチローもそうだったが、道具を大事にしないものに仕事はできない。

私もそう思う。以前の仕事場でもそうだった。

機械のメンテナンスが仕事だったが、大抵の奴の道具の扱いは雑で、手入れもしない。

さらに、道具を投げる馬鹿がいたが、教養というのは大事だな、と本当に思った。

 

 

この「三井の大黒」という噺、彫り上げた大黒天を納めるにあたって

 運慶がつけたうたに、左甚五郎が言葉をつなぐ。

 

「商いは濡れ手で粟のひとつかみ」(運慶)

「守らせたまえふたつかみたち」(左甚五郎)

 

こういう、粋な噺はいいですな。