私、間違ってるのかな?
私のこの感覚は正しいのかな?
私はこう感じたんだけど、
こう思ったんだけど、
これって正解なのかな?
などと、
自分の判断や感覚、直感を
疑ってしまうことってよくありますよね?
なぜ、疑ってしまうんだろう?
なぜ自分の感覚を信じてあげられないんだろう?
その答えをあなたは自覚していますか?
今日はそんなお話です![]()
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(過去記事再編集バージョンです)
意識と魂の調律ガイド Michikoです![]()
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突然ですが
あなたはスピリチュアル能力に自信がありますか?
これ、幽霊が視えるか視えないかということではありません。
この質問、言い方を変えると
「あなたは自分の”感覚”を信じてあげていますか?」
ともいえます。
自分の感覚を信じている方は
これからお話することを
すんなりと受け入れられるでしょう![]()
自信がないという方は
これからお話することを
想像していただくだけで
自信が持てるようになるでしょう![]()
しかしながら、
「スピリチュアル能力」というものは、
本来、すべての人にあるもの
わたしたちの「本質」ですからね
ただ、それを自覚しているか
その能力を磨いているか、によって
自信が「ある」「ない」って
分かれてしまうと思うのです・・・![]()
あとは、精神世界、霊的世界を信じているか、
ということも大きくかかわってますけどね
そこで、
これはちょっと有名なお話なので
知っている人もいるかもしれませんが、
盲目の人と象さん
のお話を
ここでさせていただきますね![]()
ではさっそく
想像してみましょう・・・
まず、生まれつき目が見えない人たちに
象の周りをぐるっと囲って立ってもらいます
そして、それぞれの立ち位置から
それぞれ象を触ってもらいます
その象を触った感覚を言葉で表現してもらいます
※そこにいる全員が、その人生で
一度も視覚から情報を得たことがありません
※視覚以外の全感覚を使って
象を触った感覚を言葉で表現してもらいます
それぞれがそれぞれの部位を触ります
ある者は、
象の「鼻」を触り、
先が湿っていてあたたかい
丸く太く長いものが動いている
ここで呼吸をしているようだ
などと、象の「鼻」について説明します
ある者は、「しっぽ」を触り、
細長いものが何かから生えていて動いている
先には毛のようなものがある
固い
などといい、
またある者は「耳」を触り、
平たい大きなものがあおぐように動いている
やわらかい
ちょっと冷たい感じがする
などといい、
またある者は、他の部位を触り
また違った表現をしていく・・・
こうして、
それぞれが感じとった感覚をそのまま表現していってもらいます・・・
すると、その結果、
みんな「同じ一頭の象」を触っているにも関わらず、
みんなそれぞれ感じ取った感覚は異なり、
全く違う言葉でその像(象)、感覚を表現しました
先ほど、スピ能力に自信が「ある」と答えた方は
もうここでご理解いただけたと思います![]()
そうです
そこで表現された言葉はそれぞれで異なるけど、
その全てはひとつのものを表しているのです
しかし
その「真実」を現実のあらゆるシーンに置き換えて想像してみると、
例えば
「私はこう思ったんだけど、あなたはこのことをどう思う?」
「私はこう思う、○○さんの考えは間違っている!」
「私はこう思った。みんなと全くつじつまが合わない。筋が通っていない!」
「みんな間違った考え方をしている!正解はこれだ!」
「やっぱり私の感覚や考えは間違っていたんだ・・・」
などと、
他人を否定したり
自分が感じ取ったものを否定したり
自分が正しい!みんなが間違っている!と
自己主張が過ぎたり・・・
こういうシーンが容易く想像できたりしませんか?
国会での議論とかで政治家さんたちが
よくやって見せてくれてたりしますよね![]()
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だけど、ここで大事なことはそこではなく、
それをみる角度、立ち位置などによって
その表現方法が変わったり
その捉え方なども変わってくる
実際に感じる「感覚」もそれによって異なってくる
だけど、
その人が感じ取っているもの
その人の「感覚」は全て「正解」で
その表現のしかたも
何一つとして
「間違いというものがない」
という真実がそこにはある、
ということを知ることなのです
個々人それぞれが
それぞれの感覚を使って
感じ取ったものを
「そのまま」
正直に表現することに良いも悪いもないのです
そこには正解不正解もないのです
「感覚」というものは嘘をつきません
嘘をつきたくても嘘がつけないのです
「身体は正直」といいますがその通りです
嘘をついているのは
(それを嘘だと判断しているのは)
私たちの思考・エゴ・自我です
だから、
その正直なあなたの「感覚」と
他者の正直な「感覚」を
エゴ・自我・思考などで
否定しないであげてね![]()
あなたのその純粋な「感覚」
あの人のその純粋な「感覚」こそが
「真実」を指しているのですから![]()
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つまり、
その「象」を、
「源」「光」「愛」「神」などに置き換えて
見えないものをどう捉えるか
それをどう表現するか
また、
全ては「真実」につながっている
全ては「愛」につながっている
そして
そのどれもが「正解」である
ということを教えるお話でもあるのです![]()
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見えない世界に対して、
肉眼では見えないからこそ
言葉で表現するのが難しいと思う人もいれば
肉眼では見えないからこそ
なんとでも好きなように言って良いという人もいます
(この場合、そこに嘘があると真実ではなくなりますよね)
私たちはその全てで一つのものを創造し完成させています
そしてその中枢にあるのは、いつどんな時も「愛」であり「真実」です
だから、その同じ一つの真実(象、像、神、愛、源)を見ている限りは、
その真実とつながっている限りは、
そのどれもが正解であり、正解しか存在しえないのです![]()
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この象さんと盲目の人のお話の根源を調べてみると、インド発祥の寓話でした。
ここではその一部を抽出してお話させていただきましたが、
この寓話には
私たちがこの世で共に生きて行く上での
様々な課題がもりもりに盛り込まれています
その課題の中でも、
私が今回一番注目したいテーマは
「盲目の人」というところにあります
私たちは大半の情報を視覚から得ています
だからこそ、目に見えるものを信じます
しかし、精神世界、霊的世界は肉眼では見えない世界
だからこそ、何が正解か間違いなのか誰もわからないのです
そこで、
目を閉じ、視覚以外の全感覚を使って
今自分が求めている情報や
今自分に必要な情報を得ようとした時、
その全感覚をどう使えば良いのか
どうやって情報をキャッチすれば良いのか
どういうふうにその自分の感覚や状態を観察すればよいのか
といったことがわからなかったりします
今まで使っていない感覚を使おうとすると、
脳が拒絶反応を起こしたり混乱したりもします
その一番わかりやすい例が、
右利きの人が左手で文字を書こうとしたときの
あのもどかしさや歯がゆさです
あんな感じのむずむず感が初期段階で現れます
だから、
そのむずむずが不快で
わからない状態も心地が悪い
でも自分でわかろうと努力するのは面倒くさい
そして、
手っ取り早くすっきりしたくて
外にその「正解」を求める
そして、他者が言うことをそのままうのみにしたり
自分の感覚よりも他者の感覚や思想を信じるようになったり
そのうち、
他者のそれを「正しい」と自分の中で位置づけるようになったりする・・・
そうやって自分の「感覚」を研ぎ澄ます努力を忘れてしまい、
何か困ったことがあると人に頼る、
外に答えを求めるクセをつけてしまう・・・
もちろん、助け合いの精神は大事
だけど、
こういう状態の時は、
「自分の感覚が信頼できない」
「自信がない」
だから、ますます判断、決断、行動できない人になっていく・・・
あれがない、これがない、
あれがダメ、これがダメ・・・
と、できない理由、やらない理由をてんこ盛りにして、やらない自分を正当化しようとしたりもする![]()
こういう人は、占いや頼れる人などに依存しやすい傾向にあります
すべて誰かに決めてもらわないと生きていけなくなるのです
ま、これ過去の私でもあるんですけどね![]()
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でもだからこそ!
戻るべきところに戻る癖をつける!ってことがめっちゃ大事になってくるのです!
私もそこを通過してきたからこそ言えることでもあります
その中心にある真実だったり、源だったり、
自分の「感覚」のど真ん中に
戻る癖をつけるのです![]()
【自分の感覚のど真ん中】とは、
天地と繋がっている多次元的な本当の自分の意識=全知全能な本当の自分=ハイヤーセルフとしての意識
この意識に、ちくいち戻すということ
あなたのからだの中心には
天地と繋がっている光の柱があり
その光の柱の中枢に
私たちのハイヤーの意識が鎮座しています![]()
その【戻るべき場所】を自分の中にしっかりと確立して、常にそこに意識を合わせる必要があるのです!
すなわち、これが自分軸ですね![]()
その【感覚のど真ん中】を意味するのが
このお話の「象」の部分であり、
「源」「真実」となる部分です![]()
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※ちなみに「自信を持つ」って、
文字通り”自分を信じる”ことですが
この「自分」って、
「ハイヤーセルフ」のことですからね
そして心のど真ん中にブレないものがあれば、
心のど真ん中に「真実」「愛」=高次元と繋がるハイヤーマインドがあれば、
「間違う」ということはなくなります
「間違った」という判断は、
私たちの【エゴ】がしているだけです
そこには、真の愛や真実はなく
完全に個人的な損得勘定や、
恥ずかしいという感情など
【真実】とは全く無関係なものがベースになっていたりします
愛や真実がベースにあると
例え「間違った」と思うような現象があったとしても
それは後々、必ず反転し、変容し、
ハッピーを連れて還ってきたりします![]()
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だって、高次元に意識に合わせる=真実に意識を合わせていると
起こることすべて
見えることすべて
感じたことすべてが
「正解」にしかならないからね![]()
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「正解」しかない世界だから
「正解」の方向へしか物事は動かないのよ![]()
全て必要なプロセスだったってこと
ではでは、今日のお話はいかがだったでしょうか?
目を閉じるだけで、![]()
視覚からの情報をシャットアアウトするだけで、
今まで使っていなかった
眠らせたままになっていた
様々な感覚が呼び覚まされます![]()
それは潜在意識を目覚めさせることでもあり
ハイヤーセルフの感覚に戻るということでもあります![]()
しかし、
そのどれもは日々の訓練あってこそです
どんな現実も創り出せるのです![]()
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ただ、そのためには
自分にも他者にも環境にも
常に「イエス」の状態でいられるかが大事になってくるのです![]()
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結局のところ
「スピリチュアル能力」って
戻るべき場所を自分の中にしっかりと確立させ
「愛」という「全てが正解」の世界に意識を置くことで
(※愛=私たちの本来の意識、根源の意識、ワンネス意識)
心穏やかに心豊かに
自己信頼と自己愛に満ち満ちた人生を
つくり続けることは可能なのです![]()
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ではでは
本日も最後までお読みいただきありがとうございます!
ハイヤーセルフの意識で在り続けたい人
こちらへどうぞ![]()
あなたにお会いできることを楽しみにしております



