京都南座で「曽根崎心中物語」を見ました。歌舞伎は素人で、南座での観劇は約40年前に孝玉コンビの「桜姫東文章」を見て以来でした。今回は映画『国宝』に触発されて、「死ぬる覚悟が」を本物の舞台で見たかったのと、潤色が原田諒さんという事に惹かれて足を運びました。刺激的で感動の舞台でした。


物語は醤油屋の手代・徳兵衛が友人に金を騙し取られた上に詐欺師呼ばわりされて、恋中の遊女・お初と共に心中を図る悲劇。観劇前に過去の舞台映像を見たのですが、全体的にテンポがよくなり、歌舞伎の様式美を楽しませつつ、物語を分かりやすく魅せた印象でした。 


原田先生については、誤解を恐れずに言うと今も原田先生の宝塚への復帰を待ち望んでいるファンも多く、宝塚では名前で観客を呼べる数少ない作演出家のお一人でした。私は原田先生のエンタメ性が高く、物語を届ける術に長けていた作劇が大好きだったので名作「蒼穹の昴」を最後に数年前に突然退団されたのが残念でした。


原田先生が目指したのは原作回帰と心理の可視化のように思いました。先ず、冒頭に原作にあり歌舞伎で割愛されていた観音回りの場が復活、示唆的で且つ華やかなプロローグになりました。中盤に梅田橋の場が復活、過去の舞台では決断が早過ぎると感じた主役2人に「それでも死ぬのか」と問い直す時間となり、衝動でなく意志としての旅立ちに思えて涙を禁じ得ずでした。夜景が美しく、新たに使われた回り舞台もドラマチックでした。


その後の道行も丁寧になり、舞台に満載になった白い花も尊く、ラストも徳兵衛がお初に小刀を突きつける直接的表現を排して、2人が宝塚のように舞台奥や花道を進んで終幕という、結末は観客の想像に委ねる趣向で、原田先生の起用は新規層の獲得や、歌舞伎=敷居が高いというイメージの緩和に強力なカードになったように思いました。  


尤も変えすぎると伝統や様式の省略にもなりかねないところ、歌舞伎として成立したのは監修の中村鴈治郎さんを始めスタッフの力なのは言うまでもなく、出演者の熱演も素晴らしかったです。全日程で役変わりがありました。私はマチソワで両方を見れて贅沢な1日になりました。宝塚の役変わりは週単位で変わりますが、本公演は昼夜で役を変えるという離れ業で驚きました。


先ず、松プログラム(尾上右近さん=お初、中村壱太郎さん=徳兵衛)は、勝ち気な女性と繊細な男性という、今どきのカップル像に近くて、若い二人が追い詰められていくのが痛々しく可哀想で、周囲の大人は何をしているのかと切なく涙を止められずでした。 


桜プログラム(中村壱太郎さん=お初、尾上右近さん=徳兵衛)は、王道とも言える組み合わせで、壱太郎さんのお初は感情を明晰に示しながらも、身体・間・視線といった型の中での所作が美しく芸術的。女方の見事な技の応酬に見惚れ聞き惚れました。


右近さんの徳兵衛は表情が豊か。特に道行で最初は後悔して苦々しく、でも、2人で死ねる喜びに似た笑みも浮かべ、最後は覚悟を決めて毅然とする変化が緻密で、しかも要所要所で見得や凛々しさが打ち出され、一挙手一投足から目が離せずでした。

桜プログラムの「死ぬる覚悟が」の場面で2人の強い情感に号泣させられました。周囲の人々の場面も原作回帰で最近の舞台とは異なりました。片岡松十郎さんの悪役感、下女と丁稚の中村翫政さんと上村吉太朗さんの可笑しさが印象的でした。義太夫と胡弓の迫力ある激しくも切ない響きにも涙を絞られました。


クレジットに演出家名はないのですが、松竹は金塊を見つけたように思いました。ポスターも綺麗で、これも原田先生の助言があったのかもと思いました。原田先生の健筆の復活と、松竹との邂逅が喜ばしく、宝塚は原田先生という大魚を逃したように思いました。私も「国宝」で沸いた歌舞伎への興味が拍車がかかり、これからも歌舞伎を見ていこうと思っています。


↓ポスターも綺麗~





↓入口のお店で買いました。江戸時代創業だそうで絶品でした。