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肺癌ステ-ジ3B 余命16ヶ月って?(死んでたまるか!)

2013年5月、突然の余命宣告。
残りの時間の過ごし方を考えかけたが、一縷の望みが有るならと、
その可能性にかけ思考転換。
癌との戦いに絶対負けない身体作りを心掛けて生活し始める。
開胸手術による後遺症等々・・・
嫁さんから与えられた10年日記を今、紐解きます。

ガランとなった父がいた部屋

今週末にはベッドもレンタル会社へ返却、杖も

 

かれこれ亡くなって10日経ちます。

 

そんなに父親との思い出もありませんがなんとなく子供のころ釣りに連れて行ってもらった事とかうっすらキャッチボールをした事とかほんとにうっすらですけど思い出します。

 

悲しみはありませんが、もうその存在がないことの寂しさが今頃になってじわじわ来ています。

 

 

土曜日の早朝から始まった怒涛の日々。

 

本日の葬儀をもって一段落。

 

喪主の兄は関連への諸々の手続き、フォローが必要です。

 

 

この国のお役所仕事、誰のための作業なのか明確です。

 

 

税金搾取、全てお国のために?

 

 

死んでも親族は何らしかの縛りで金をむしり取られます。

 

 

怒涛の四日間が終わっても気は休まりません。

 

 

 

 

3/14 6時57分

 

医師により死亡が確認されました。

 

享年97歳

 

昭和を生きた戦争体験者

 

本当にお疲れさまでした。

 

あの世で先に行って待っている友人とゴルフを楽しんでください。

ぎりぎりエイジシューティングも夢じゃないですよ。

 

実現したら夢で報告してください。

 

 

今日までありがとう。

 

 

 

 

先週受けた採血と単純CTの結果を聞きに病院へ

 

何でもスマホで解決、診察券忘れても受診票忘れてもOKです。

 

先週の検査時、風邪真っ最中やったんで期待はせず数値は参考程度にしておこうと思っていたのですが、案の定CRPとCYFRAの数値はよくありませんでした。

 

CTの読影結果は問題なく総合的に一安心です。

 

 

次回、また半年後、病院とのお付き合いは継続です。

 

 

意気揚々と今晩は乾杯ムードで次の目的地、両親が入居する看多機へと車を走らせていると

逆に看多機から父親の血圧が低下していると連絡が入りました。

 

私は運転中やったんで嫁さんが応対、あと10分で着くので詳細はその時に・・・

 

施設へ到着し居室で父親に面会すると、何やらゴソゴソ動いている。

手を握っても暖かいし握り返してきて、我々が来ていることも認識している様子、差し迫った状況ではないと素人判断しました。

 

その後スタッフの方と話をしましたが機械で脈やspo2の反応がなかったとの事。

 

ただ近づいてきていることは確かです、それが明日なのか1週間後なのか1ヶ月後なのか誰にもわかりません。

97歳です。

 

春はもうすぐですが今日は真冬のように冷えています。

 

 

 

 

 

3月3日に同じ施設内のサ高住から看多機へ移動

 

 

あれから1週間

 

 

キーパーソン登録の私の携帯に電話があるたびにドキッ

 

 

今朝も8時過ぎに

 

 

お母さまの叫び声が食堂からしてきたので駆けつけると・・・

 

 

こけてたそうです。

 

 

手押し歩行器で移動はしているものの足元はスリッパ、

 

 

つまづいてこけたそうです。

 

 

以前にも何度もこんなことがあり介護用品ショップで足のフィッテングもしてもらって普段履きの靴を買い与えていたにもかかわらず、この始末。

 

 

いくら言い聞かせてもその場限り、四六時中見守れるわけでもなく仕方ありません。

 

 

施設側には都度報告義務があるようで連絡が入った次第、逆に申し訳ない。

 

 

看多機に移った時はもう2・3日かなと言われていた父は点滴の日々が続いていますが何とか持ち直しているようで、元看護師長の施設のスタッフの方の診たてでは今月いっぱいはもちそう

 

とのコメント。

こう言うことを家族に言っていただけるのは日ごろの信頼関係の賜物と感謝しています。

 

 

看護師の知り合いは何人かいますが彼、彼女たちの診たてはかなり精度が高いと確信しています。

 

 

義母の具合も心配な中、季節の移り変わりとともに快方方向に向かうことを期待しています。