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ペン表卓球への道

大阪市在住のサラリーマンです。趣味は、卓球、読書などです。大学時代までやっていた卓球を再開しました。現在、卓球練習を週1回2時間、試合を月2回のペースでやってます。

 今回は、「般若心経を卓球に活かす!」と題しBlogしたいと思います。



 般若心経(はんにゃしんぎょう)は、仏教の経典のひとつで、正式には『般若波羅蜜多心経(はんにゃはらみったしんぎょう)』といいます。


 般若心経は「すべてのものごとは本質的に空(くう)である」という教えを説いています。


 つまり「形あるものも、心の働きも、実体はなく、すべては因縁によって一時的に成り立っている」という考えです。



・「空(くう)」の思想が中心で、物事の実体がないことを理解することで、苦しみから解放されると説く。

 

短いけど濃い内容

  たった276文字(漢字で)しかないが、仏教の核心を伝えている。


観音菩薩が語り手

  智慧の完成(般若波羅蜜多)によって悟りを得たことを、観自在菩薩(観音さま)が説く。


日本でも有名

 お葬式や法事などでよく唱えられる。


・有名な一説

色即是空 空即是色

(しきそくぜくう くうそくぜしき)


→ 形あるものは空(実体がない)であり、空もまた形あるものに通じる。







1.【般若心経✖️卓球】

 ― 心を整え、無心で打つ ―

       (「般若心経を卓球に活かす!)


①「色即是空」= フォームにとらわれすぎない


 「色即是空、空即是色」は、見えているもの(形あるもの)に実体はないという意味。卓球でもフォームや技術にこだわりすぎると逆に動きが硬くなる。


→ 結果にとらわれず、“今”のボールに集中することが大事。



②「無眼耳鼻舌身意」= 五感を超えた反応


 般若心経には「眼もなく、耳もなく…意識もない」とある。これは「感覚にとらわれない」こと。


→ 卓球では、ボールを“見る”というより、無意識の反応や感覚に委ねる場面が多い。


→ ゾーンに入る=無我の境地。



③「無苦集滅道」= 苦しみを手放す


 失点しても、「ああ、ダメだ」と思わない。「苦」すら“無い”と捉えれば、切り替えも早い。


→ ミスを引きずらず、フラットな心で次の一球に挑める。



④「心無罣礙(けいげ)」= 執着を捨てる


 心に“罣礙(=引っかかり)”がなければ、恐れもない。


→ 相手の強さ、勝敗のプレッシャーから自由になる。


→ 執着しないからこそ、最高のプレーが出せる。



⑤「ギア上げたいときは、唱えてみる」


 心が乱れたときに、「般若心経」を小声で唱えてみるのもアリ。リズムもいいし、集中モードに入れる。



【まとめ】


 般若心経の教えは、究極のメンタルトレーニング


 卓球に活かすなら――

「無心」「執着しない」「今に集中」この3つがカギ。




2.【般若心経・原文(漢文)】

   「般若心経」の全文(276字)


 摩訶般若波羅蜜多心経

(彼岸へ渡る偉大なる智慧の教え)



観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄


舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色


受想行識 亦復如是


舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減


是故空中無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法


無眼界 乃至無意識界


無無明 亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽


無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故


菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃


三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提


故知般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 能除一切苦 真実不虚


故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰:

羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶


般若心経









出所:「心がほっとする般若心経」(枡野俊明監修)




(参考書籍)

・「心がほっとする般若心経」(枡野俊明監修)

・「60歳からの般若心経」(公方俊良著)

・「超訳般若心経」(境野勝悟著)[電子書籍]