こんばんは。
心理ジャーナリズム・「犯罪者の深層心理」へようこそ。
このブログでは、犯罪者を中心に“人間の闇の側面”に焦点を当て、彼らの心の奥で何が起きていたのかを紐解いていきます。
ここに記す分析は私自身の視点によるものです。
ひとつの読み物として楽しみながら、日常の人間関係や自己理解のヒントにしていただければ幸いです。
初めて持つことができた「自分の居場所」
アイリーン・ウォーノスが
はじめて「誰かと一緒に生きる」という感覚を持った相手は、
男ではなかった。
1986年、
彼女はティリア・ムーアと出会う。
バーでの出会いだったとされている。
ティリアは10代後半と若く、物静かで、どこにでもいそうな“普通”の女性だった。
ここで、多くの人が立ち止まる。
「なぜアイリーンは女性に惹かれたのか」
「彼女は同性愛者だったのか」
それは、完全に間違いではない。
でも、核心ではない。
アイリーンにとって男は、
一貫して「危険と結びついた存在」だった。
助けるふりをして近づき、
力関係の中で主導権を握り、
暴力や支配が起きる可能性を常に含んでいた。
彼女の世界で、
男性は常に“力を持つ側”だった。
一方で、女性はどうだったか。
少なくとも彼女の人生の中で、
女性は暴力を振るう存在ではなかった。
つまりこれは、
性的指向というよりも
安全への志向だった。
“恋人”である前に、
初めて出会った
「脅かされない他者」だった。
だから惹かれた。
アイリーンにとっての「恋人」という存在
アイリーンは、
ティリアを対等なパートナーとして見ていたとは言い難い。
彼女にとってティリアは、
・守りたい存在
・同時に、守ってほしい存在
・失えば、二度と戻れない「居場所」
だった。
幼少期に一度も得られなかった
無条件のつながりを、
大人になってから一気に取り戻そうとした。
だから関係は重くなる。
だから極端になる。
彼女は言っている。
「ティリアのためなら、何でもする」
でも、これは
愛の告白ではない。
ロマンでもない。
そうしなければ、
生き延びるための居場所を確保できなかった。
それが実態だ。
路上に立ち続けた理由
二人で働けば、
生活はもっと楽だったはずだ。
それでもアイリーンは、
自分一人で金を得る道を選び続けた。
路上で、見知らぬ男と取引するという
これまでの生存手段を、
断ち切ることができなかった。
そこにあるのは
貢献でも美談でもない。
彼女は未来を見ていなかった。
「今日、無事に終わるか」
「今夜、壊されないか」
それだけだった。
長期的な安定、
社会的な立て直し、
そういった発想は
彼女の人生経験にはなかった。
もう一つ、決定的な理由がある。
ティリアは
“普通の世界”に属する人間だった。
仕事を持ち、
社会との接点があり、
別の価値基準を持っている。
それは、
アイリーンにとって
唯一の安全基地が
外部に開かれてしまうことを意味する。
二人で生きる、という幻想
彼女は、
ティリアを社会から切り離すことでしか「居場所」を守れなかった。
だが、この「居場所」は、
最初から不安定な条件の上に成り立っていた。
路上で金を得ること。
知らない男の車に乗ること。
何かを感じながらも、見ないようにやり過ごすこと。
それは、二人の生活を支えるための選択だった。
同時に、危険を日常の中に置き続けることでもあった。
アイリーンの人生は、
守る存在ができたことで初めて形を持った。
けれどそれは、
失う可能性を、常に秘めたギリギリの生き方でもあった。
この先に起きることは、
感情が爆発した末の出来事ではない。
それは、
彼女の人生が辿ってきた延長線上で起きた——
後編へつづく。



