2026年
あけましておめでとうございます。

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今年も、少しでも心に残るような、
そんな記事を綴っていきたいと思います。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

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さて今夜は、
お正月の時期に感じやすい**「投影」**のお話。

人は、その人を見ているようで、
——実は、自分を見ている。

そんな心理について、少しだけ。


「人は、他人の中に自分の内面を映し出す」



正月になると、
なぜか心がざわつく人がいる。

久しぶりに会う友人。
親戚の何気ない一言。
テレビに映る「幸せそうな家族」。

普段なら流せることが、

正月だけはやけに刺さる。

これには、ちゃんと理由があるの。

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心理学では、これを**「投影」**と呼ぶ。

投影とは、
自分の中にある感情や価値観を、
無意識に他人に映し出してしまう心の働き。

人は、その人を見ているようで、

実は自分を見ている。


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たとえば。

「結婚はまだなの?」と聞かれて、
やけに腹が立つとき。

それは、
相手が無頓着なだけではなく、

本当は自分自身が、
「このままでいいのかな」と
心のどこかで感じているから。

正月は、

この“投影”が起きやすい季節。

なぜなら、

・家族という距離の近い存在
・「こうあるべき」が強く漂う空気
・一年の区切りという象徴性

これらが、一気に押し寄せてくるから。


だから、

正月に感じるイライラやモヤモヤは、
あなたが弱いからでも、間違っているからでもない。

むしろそれは、
自分の本音に、ちゃんと反応できている証拠。

夜の仕事をしていると、
この投影はとても分かりやすく現れるわ。

人は酔うと、
相手の話を聞いているようで、
実は自分の話をしている。

説教する人も、
自慢する人も、
怒る人も。

みんな、
自分を映している。

なぜ人は、投影してしまうのか。

理由は、意外と単純。

人は、

自分の本音をそのまま抱えられるほど、強くない。


不安、後悔、焦り、劣等感。
「こんな自分は見たくない」という感情を、
そのまま引き受けるのは、あまりにしんどい。

だから人は、無意識にこうする。

外に出す。
誰かに映す。

たとえば、

・他人の生き方がやたら気になる
・人の選択に口出ししたくなる
・「それで幸せなの?」と心の中で裁いてしまう

それは、

相手の人生を見ているようで、
自分の人生に問いが生まれている状態。

「私は、このままでいいのか」


その問いを直視するのが怖くて、他人を材料にして、心のバランスを取るうとする。

もう一つ、投影が起きる理由があるわ。

それは、

変われなかった自分を守るため。


本当は挑戦したかった。
本当は離れたかった。
本当は、違う人生も考えたことがある。

でも、選ばなかった。
動かなかった。
動けなかった。

その事実を認めるのは、想像以上に苦しい。
だから人は、

「あの人は間違っている」
「ああはなりたくない」
「あれは幸せじゃない」

と、心の中で結論を出す。

それは相手への評価じゃない。
本当は、その人を合わせ鏡として 

自分を見ている。


正月に投影が強くなるのは、
"比較"と"振り返り”が同時に起きるから。

一年の終わりと始まり。
家族という逃げ場のない関係。
世間が作る「幸せ」のテンプレート。

そこにさらされれば、誰だって心は揺れてしまうものよ。


揺れた心は、
必ずどこかに行き場を探すわ。

それが、
投影という形で外に出る。

だから、誰かの言葉に傷ついたとき。
正月に限ってモヤっとしたとき。

一度だけ、こう考えてみてほしい。


この人は、私を見ているのか。
それとも、自分を見ているのか。 
 

そう思えた瞬間、
相手の言葉は、少しだけ軽くなるはず。

投影に気づくというのは、誰かを責めるためじゃない。

自分の心を、無駄に削られないため。

人は誰でも、
自分でも気づかない思いを抱えながら生きている。

だからこそ、
すべてを真に受けなくていい。

今年は、

他人の言葉よりも、自分の心が何に反応したのか。


そこに、
そっと目を向けてみて。

それだけで、
人間関係は少し静かになる。

そして最後に。

投影に気づくというのは、
強くなるためでも、
誰かを見下すためでもない。

これ以上、
自分をすり減らさないため。

完璧じゃなくていい。
立派じゃなくていい。

静かでも、遅くても、
自分のペースで歩けていれば、それでいい。

この一年が、あなたにとって
少し心が軽くなる年になりますように。


今年も、いい年を。