弘前大学公開講座 地域の歴史・民俗を学び、未来の地域づくりを考える
第三回 『青森県の民俗』 弘前大学人文学部教授 山田巌子
10/20 13:00~ つがる市生涯学習センター 2階 視聴覚室
津軽~兄弟分
南部~本家分家のつながりが強い
弘前大学の民俗調査
・ 新郷村⇒鶏舞(岩手・青森県南に分布)
舞う=旋回運動
舞の輪の中心に人 輪の舞の時は舞わず、輪が舞をやめるとソロで舞う
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“タイシカ”(太夫役)~はたけやま氏
はやけやま宅~八幡・不動・「山の神」(≒役小角・エンノオヅヌ)を祀る。
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はたけやま氏=修験者の末裔←←←←修験道の開祖 ↓
↓ それらの奥の方に“オシラサマ”が祀られている
↓ cf.津軽(久渡寺系)のオシラサマは、大きい・きらびやかな装束
↓ はたけやま宅のオシラサマ(県南地域)はそれと異なる
↓ 神棚・権現の奥に獅子頭・お面
↓ ↓
↓ 現在(といってもかなり以前だが)も、「山の神舞」(新築祝いの舞)で使う
↓ 能舞の面→使われていない
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「きり紙」の技術を伝承
はたけやま家=宝暦10年(1760年)の記録 『和光院』という修験の家
新郷村に『多門院』→総括的修験の家(夏泊半島・泊、横浜から県南一体の束ね)
和光院は、多門院のもとにあった
多門院の末裔~神職
修験道=山岳信仰と仏教が習合し、さらには道教、陰陽道などの要素も加味
明治時代 神仏分離令・修験道禁止
和光院~修験→一般人
多門院~修験→一般人のち神職
『大雑書』…神官の与える厄日と吉日の書いてあるもの~暦
はたけやま家に残る
一代様~暦(十二支)との関わり 一代様信仰=青森県、仙台、沖縄
下北の能舞(東通村・鹿橋集落)
熊野権現の祭事=権現の年取り 別当役の差配
(※別当=本来は神宮寺の僧侶の官職あるいは荘園の荘官)
集落の各戸の前で『門打ち(かどうち)』、2日間⇒2日目の夕方に能舞(約6時間)
能面~子供面・わんずの道化・信夫太郎(武士)・にっこり・鬼…、全36枚
『式舞』より始まる
⇒・鳥舞・翁(←古いかたちを残す)など、4つの種類
山伏系神道=福島を除く東北全域
権現舞~山伏神楽の神事の舞として最も重要なもの。他の舞は、人が面をつけることによって、一時的に人間以上のものに扮するのに対して、権現はそれ自体に神の力が載り現れる。
『岡三沢神楽』=東通から早池峰の途中地域の神楽
神主~津軽では、タユ・タヨ。南部では、ベットウ(←修験由来)。
小湊は、タユ・タヨとベットウの呼称の併用
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『多門院』の霞場があった。
南部~「俗別当」-神社を管理する一般人
津軽藩~「俗別当」の呼称はなかった。『○○(名)禰宜』=農民が神社を管理→のち消滅
俗人系ベットウ 屋敷内の社→親族・近隣…集落の社へ
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集落の大きな旧家~その地域の開発者
岡三沢 祝元坊=「南のベットウ」伝承では京都より来た一族、戸来と岡三沢にわかれる
今は神楽と関わっていない。
祝元坊のオシラサマ~3セット6体、地味な衣
大仙院
※ 南部には、修験に関わる芸能が多く残っている








