関ヶ原武将シリーズ第五弾
小早川秀秋
まだ続いていたのだ(笑)
(今回でようやく終わり)
やはり
小早川秀秋
のことを
学ばなければなりません!
NHK大河ドラマ
「真田丸」の
時代考証を担当した
黒田基樹先生の講演
聴いてきました。
秀秋の出自等
秀吉の養子になり
超スーパーエリート教育を
受けた彼。
その後、
小早川隆景の養子になり
波乱万丈な
人生を歩んでいくのですが
講演にて学んだ
関ヶ原の合戦に至るまでの
秀秋のざっくりした
行動がこちら↓
慶長5年8月
伊勢方面に進軍
↓
情勢の変化にて配備変更
↓
大谷吉継の支援のため
近江木之本に移動予定だったが
↓
江戸方(東軍)が美濃に進軍のため
美濃への進軍に変更
柏原に移動
ここまでは大坂方(西軍)として
行動しているが・・・
8月28日付で
江戸方(東軍)の
浅野幸長(よしなか)、
黒田長政から
誘いを受けている。
8月末から9月はじめに
かなり強い誘いあった模様。
↓
9月14日には
家康と密約を結んでいる。
↓
毛利勢が着陣予定の
松尾山に
秀秋が江戸方(東軍)として着陣
↓
秀秋の離叛を知った
石田三成は
9月14日夜、
大谷吉継救援のため
↑コレびっくりしたΣ(・ω・ノ)ノ!
大垣を出る
合戦が始まって
家康の催促鉄砲で
江戸方(東軍)に
寝返ったのではない
という事実・・・。
(後世の創作ということ)
9月15日
開戦とほぼ同時に
秀秋は
江戸方(東軍)として
大坂方(西軍)を攻撃!!!
驚きの連続で
ございましたΣ(゚д゚;)!!!
で、
もうひとつ
衝撃的だったのが
合戦はすぐに決着!!!
大河「真田丸」にて
「超高速関ヶ原」
「関ヶ原を1分で終わらせた」
とか、放送当時
かなり騒いでおりましたが
「始まったと思う間もなく」
「短時間のうちに」
「わずかの間」
「仕組まれた(秀秋の)裏切りのため、一瞬にして全軍敗れる」
と十六・十七世紀イエズス会日本報告集
に記されているとのこと。
また
京都豊国神社社僧梵舜の日記
「舜旧記」には
大谷の軍勢が敗北し、大谷吉継は討死した。
これは秀秋の叛逆によるものであり
巳の刻(10時ごろ)であった。
と記されているそうで
合戦は
ほぼ瞬時に
決着したのが真相www
(午前10時に始まりほぼ10時に終了)
ぎゃぁああああ~
マジ瞬殺www
大谷軍の
踏ん張りなかったのか~
めっちゃ悲報~
信じたくなーい!!!
が越前兵の本音(T▽T;)
吉継公のこと少しは
出てくるとうれしいな~♪
と軽い気持ちで
聞いとりましたが
内容はかなり
衝撃的な中身の濃い
大変勉強になった
講演でございました。
講演終了後、
黒田先生の本購入~♪
小早川秀秋ならびに
関ヶ原の真相が
記されております。
サインしていただき
握手もしていただいた♡
手洗えな~~~い
(人´∀`*).。:*+゜゜+*:.。.*:+☆
ほかにも・・・
東西グルメ対決もあり
家康(たぬき)そばでも
食ってやろうかΨ(`∀´)Ψ
それとも、
スタミナ豚カルビ丼は
共食いか・・・( ̄ー ̄;
と悩んだあげく
いい匂いと
濃厚ソースにつられ
コチラを購入~♪
めっちゃウマ~(≧▽≦)♡
関ヶ原武将シリーズ
第五弾 小早川秀秋
五感が鍛えられる
すばらしきイベントでした<(_ _)>





