近年、例えば小学校においては【かけっこ】が無くなったり、中学や高校では【成績の順位非公開】など、「競わせる」ようなことを避ける風潮があります。


それと同時に「主体的・対話的」な性質を児童生徒が持ち合わせなくなってきています。


人間というのは、目標があって初めて、成長への歩みをスタートさせます。目標となり得るのは「自分よりも上位の人間」です。すなわち、進歩の前提には上の人間がいることであり、それが成り立つのは競走というものです。


子供たちは競走を避けさせられて、目標を見失い、結果として主体性や対話性を失っています。


主体性や対話性を失わせているのは紛れもなく現代教育なのです。


自ら目標を奪っておいて「お前らには主体性がない!」などとはもはや妄言のレベルです(笑)


子供の「競う権利」を侵害している今の教育にはとても残念に思います。


競走それすなわち、進歩である。


これは、歴史から学べることですね。


旧ソ連や今で言う北朝鮮や支那国は衰退している。これらは全て競走に組みしない共産主義体制の国です。


かたや、G7を見ると全てが競走の中で生きている資本主義国です。


教育者は歴史を学ぼうよ。 

歴史を学ぶは教育者の義務。

競争を全うするのは子供たちの権利。


歴史知らざるもの、それ教育者に非ず。


以上!!!!

コメント何かあればお待ちしてます👍🏻