色内駅を発った蒸気は、今は高架になっている函館本線の小樽ー南小樽(地元ではナンタルと呼んでいた)間と色内通り商店街を横切る踏切のあたりで併走し、南小樽駅舎側に僅かに遺構が残る手宮線ホームに入線します。そこから函館本線に合流して、一駅行った所が小樽築港駅。
当時(昭和40年代)の小樽築港駅周辺は、現在のチャラチャラした場所と違って、東京以北最大級の扇形庫を持ち、C62・D51・9600が出番を待ち、そして総延長は30kmを超えると云われた駅構内の線路をC11が動き回っていました。又、小樽築港駅からは貨物専用線の浜小樽線が貨物駅の浜小樽駅まで伸びていました。
(続)