3月の震災から、間もなく2ヶ月近く経つが、
先月石巻へ送った品物が、届け先不明として
戻ってきたので、気になっていた。
連休で、深夜「石巻に行こう」と決めて、朝から石巻へ向かった。
テレビや新聞などで伝え聞く情報で、大枠はわかっているが、
自分の目に、現状がどう写るのか、とにかく確かめたかった。
羅列したので、文章として変なところはご容赦いただきたい。
連休の前半だったこともあり、渋滞無く行けた。
仙台に入ると何故か、どのように見ていいものかわからずにドキドキした。
仙台の高速道路を走りながら、道路の左右で景色が違うことが
はっきりとしていた。
街に入るとそこからは、もうマスコミ情報の通り、、、。
石巻に渋滞も無く到着したが、そこから景色が変わっていた。
まだ、信号がつかない交差点で、警官が交通整理をしている。
街全体に広がる震災の傷跡に愕然とした。
景色のあちらこちらに、傷深く、大津波後の様子を残している。
津波で壊れてしまったクルマの横で、全国から集まった中古車を
売っていたが、その値段にびっくり。
街を歩いて回ると、 数件のお店が営業をしているけれど、
街中が休業しているようにひっそり。
ほとんどが閉まったままで、ところどころに瓦礫が集められていた。
開いていたお店の2軒で、買い物をした。
石ノ森章太郎の人形が、飾られた石巻の街。
(中学生の時分、カマタくんというクラスメートが、
当時、石森章太郎と名乗っていた漫画家を尊敬していて、
いろいろと教えてくれたものだ。)
自衛隊員と公衆トイレですれ違った時に、思わず「ご苦労様です。」
と言っていた。
市役所で働く人々には、佐世保、諏訪、、、といった他県からの支援者も見られた。
高台のところは、津波による傷跡が無くて、草木がきれいなままで、不思議な感覚になった。
夜、クルマを走らせながら、被害のあった方向の灯りが全くないことに、
現在の街の厳しさを感じた。
先月石巻へ送った品物が、届け先不明として
戻ってきたので、気になっていた。
連休で、深夜「石巻に行こう」と決めて、朝から石巻へ向かった。
テレビや新聞などで伝え聞く情報で、大枠はわかっているが、
自分の目に、現状がどう写るのか、とにかく確かめたかった。
羅列したので、文章として変なところはご容赦いただきたい。
連休の前半だったこともあり、渋滞無く行けた。
仙台に入ると何故か、どのように見ていいものかわからずにドキドキした。
仙台の高速道路を走りながら、道路の左右で景色が違うことが
はっきりとしていた。
街に入るとそこからは、もうマスコミ情報の通り、、、。
石巻に渋滞も無く到着したが、そこから景色が変わっていた。
まだ、信号がつかない交差点で、警官が交通整理をしている。
街全体に広がる震災の傷跡に愕然とした。
景色のあちらこちらに、傷深く、大津波後の様子を残している。
津波で壊れてしまったクルマの横で、全国から集まった中古車を
売っていたが、その値段にびっくり。
街を歩いて回ると、 数件のお店が営業をしているけれど、
街中が休業しているようにひっそり。
ほとんどが閉まったままで、ところどころに瓦礫が集められていた。
開いていたお店の2軒で、買い物をした。
石ノ森章太郎の人形が、飾られた石巻の街。
(中学生の時分、カマタくんというクラスメートが、
当時、石森章太郎と名乗っていた漫画家を尊敬していて、
いろいろと教えてくれたものだ。)
自衛隊員と公衆トイレですれ違った時に、思わず「ご苦労様です。」
と言っていた。
市役所で働く人々には、佐世保、諏訪、、、といった他県からの支援者も見られた。
高台のところは、津波による傷跡が無くて、草木がきれいなままで、不思議な感覚になった。
夜、クルマを走らせながら、被害のあった方向の灯りが全くないことに、
現在の街の厳しさを感じた。