昨日生理がきました。

 

そもそも自然妊娠は無理だと思っているし、タイミングだってとっていなかったから当たり前なのに、やっぱり生理が来ると少し落ち込みます。

 

あー、やっぱりダメだったかぁって、がっくりした後、そりゃそうだよね、やっぱりそうだよね、うんうんうん、そうだそうだーって、自分を納得させなきゃいけない感じ。

 

うん、そうだ。ここでそんな奇跡みたいなこと起きない。当たり前のこと。

 

 

 

ただ、今回の生理、私にとって、ちょっと当たり前じゃない感じもしてるんです。

 

もともと私、生理痛はないタイプで、寒い時期や体調が悪い時だけ、ちょっとお腹痛いなーって思う程度の人なんですね。

 

それが、今回やたら痛い。

 

一般的に生理痛がある人が、どの程度痛みを感じていらっしゃるのかわかりませんが、横になっていたい程度には痛い。起き上がって家事とかは、まあ頑張ればやれるけど、出来れば寝てたい程度に痛い。寝てるとスマホ見ちゃうけど、時々それも無理なくらい痛い。

 

普段生理痛がある人から見たら、これは普通程度の痛みなんでしょうか? まあ、普通なのかな? むしろ軽いくらい??

 

でも、普段ほとんど痛くないので、ちょっと戸惑ってます。

 

もしかして、採卵後の重い生理っていうのが、今来てる感じなのかな?? 

 

筋腫とか内膜症とか、その類いのことは検査で言われなかったので、そっち方面ではないと思うんですけど……。

 

あるいは更年期に向けた変化なのか……。

 

 

今は体を整えよう! って思ってた矢先の生理痛で、なんともトホホな気分です。

 

 

怒涛の採卵&顕微授精が失敗に終わり早1か月半。

 

採卵後の生理は重いという情報も目にしていましたが、特にそんなこともなく普段通り終了。

 

以降、基礎体温をつけることも止め、タイミングをとることもしませんでした。

 

卵子提供についても、夫とは深く話すこともなく……。

 

夫には、やっぱり卵子提供に抵抗があるのかなー? という気配もあって、

 

私からもそんなに話を振っていません! 事なかれ主義なので^^; 

 

 

なんとなく、夫が逡巡してるのはわかります。

 

元々不妊治療に関しても、私がやると言い出すまでは、うーん、どうなんだろうねぇ? という姿勢でしたし(私も、やったほうがいいのかな? どう思う? みたいな姿勢でした^^;)。

 

やる! と言い出したら、やってもらえたら嬉しい! という態度に転じましたが、そこまでの道のりには時間がかかりました。

 

卵子提供については、子どもは欲しい、でもそこまでして……、っていう気持ちがあるんだと思います。

 

ただ、私としては、なんとなくなんですが……。

 

夫がいずれ、それでも、やっぱり欲しい! という気持ちになる可能性があるのではないか、と睨んでいるんです。

 

決断までに時間がかかるタイプというか……。でも、自分が望んだことについては、なんだかんだ粘り腰を見せるタイプなので。

 

年齢的なことを考えると、何をグズグズしているんだと思われそうですが^^;

 

でも現状、コロナで海外渡航は叶いませんし、ある意味グズグズしているしかない状況にはある。

 

 

なので私は、とりあえず筋トレと有酸素運動をしてます。

 

脈絡のない話のようですが、私のなかでは整合性があって。

 

もし将来的に卵子提供を受けることになって、うまいこと妊娠&出産、みたいな流れになったら、必要になってくるのはやっぱり体力。

 

何も出来ないこの時期に、つけられるだけつけておこうと思った次第です。

 

 

 

独身時代はジョギングが日課で、筋トレもそれなりにしていたのですが、夫と暮らすようになり、ちょっとサボりがちになっていて……。

 

体力落ちたなぁ、体のラインもちょっとダレてきたなぁ、と思っていたところだったので、タイミング的にも実はちょうどよかった!

 

まだ運動を復活させて一ヵ月ちょっとですが、やっぱり運動をしていたほうが体の調子が断然いいですね。

 

しかも体も締まってきたし……。やっぱり筋肉大事です。

 

 

この先、どうなるかまだ全然わかりませんが、とりあえず体力があるに越したことはないですし、とりあえず今は、トレーニングに励んでいこうと思ってます^^

 

 

卵子提供で子どもを授かった場合、自分とは血が繋がらない子どもを育てることになります。

 

その点において、血が繋がらない子どもを本当に愛せるのか? というご意見を目にすることがままあります。

 

私は血の繋がりをさほど重視していません。

 

自分と血が繋がっていなくても、夫の子どもであれば大丈夫な気がしています。夫の親御さんや、兄弟と会った印象からしても、よりそう思えてしまう。

 

だからそのあたりは、さほど気にしていないのですが……。

 

 

私が気にしているのは、生まれてきた子どもが自分の出自についてどう感じるか、という点についてなのです。

 

自分のルーツがわからないことは、その人にとってアイデンティティの揺らぎに繋がる、みたいな記事やインタビューを読んだりして、そういうものなのか……、とちょっと考え込んでしまった部分があって。

 

私としては、血の繋がらない親に育てられても、愛されている実感があれば大丈夫な気がするんですが……。

 

それは単に、遺伝上の父母である両親に養育された私の想像でしかないわけで、実際そういった状況で産まれた方たちがどう感じるかはわからない。

 

インタビューを読んでいても、自分の出自を知ってつらかったし、今もつらい、みたいな回答をしている人もいれば、それほど気にしていない、生まれてハッピーよ、みたいな人もいて。

 

そう感じるのが育て方によるものなのか、あるいは気質によるものなのか、それともその両方なのかすらよくわからない、というのが今の感想です。

 

(インタビューで答えることが、その人の本心そのものとも限りませんし……。そもそも人間の思考というのは、単色ではなくてグラデーションだと私は思っているので、その時々で感じ方が違う場合もあるし、同時にアンビバレントな感情を抱いている可能性だって、十分にあると思ってしまうのです)

 

子どもの頃に告知を受けていたり、同じ境遇の兄弟がいる人のほうが、自分の出自を肯定的に捉えている傾向にあるような印象も受けましたが、それだってあくまで私の印象であって、実際のところはよくわからないし……。

 

考えても考えても、答えらしい答えは出ません……^^;

 

だから、もし卵子提供という選択をして、子どもが授かれたとしたら。その子が幸せになれるよう、どういう方法をとるのが最善となるのか、考え抜いていくしかないと思います。

 

幸い、今はそういった境遇の子どもたちの親御さんが、ブログをやっていらしたりコミュニティーを作っていらしたりするので、そういう方々の意見も参考に出来ますし。年齢は重ねてしまいましたが、今の状況で子どもを持つことを考えられるようになったのは、タイミングが良かったような気もしています。

 

 

ところで、私と夫は血の繋がりのない他人ですが(当たり前笑)、付き合って結婚して一緒に暮らすようになってから、ちょっと口調が似てきたり、趣味が重なったりしてきています。

 

40代の赤の他人が、こんなふうに似てきたりするんだから、血の繋がっていない子どもちゃんだって、あんがい親に似ちゃったりするんじゃないかしら、という楽観が私にはあります。

 

もしかしたらこういう楽観が、卵子提供を選択肢に入れるようになった理由のひとつなのかもしれません。

 

卵子提供という選択について夫に話してみました。

 

夫は寝耳に水といった様子でいくらかキョトンとしていました。

 

第一声としては、「ヤギ(私)はそれでいいの?」という感想だったようです。「それだと子どもはヤギと血が繋がってないことになるけど……」

 

でも私は、正直なところ抵抗はありませんでした。夫の子どもなら全然大丈夫だと思っています。

 

その旨伝えると、夫は色々考えながら、「そうか……。女の人は自分のお腹のなかで育てるから、そこらへんの違和感がないのかな……」みたいなことをブツブツ言っていました。「自分で産むから……。そうか……。そうなのかもなぁ……」

 

実際はちょっと違うんですけど、夫のなかではそういう結論に達したようでした。

 

それで夫が口にした意見は、概ね以下の通りでした。

 

① ヤギがそれでもいいのなら選択肢としてなくはない。

 

② でもまだピンとこない。ごめんなさい。

 

③ 僕としては僕の子どもというより、ヤギの子どもが欲しい気持ちが強かった。

 

④ でも不妊治療が思いのほか大変そうだったので、同じことを続けてみたらとは言えない。

 

 

けっきょく、しばらく考えよう、考えてよく話し合おう、という結論に達しました。

 

卵子提供を選択するにしても、現状海外渡航は無理ですし渡航解禁の目途もたっていません。考える時間はたくさんあります(私の年齢というリミットはありますが……)。

 

私自身も、卵子提供でいこう! というまで心は決まっていません。傾いてはいますが、あくまで傾いているだけ。

 

授かれたら嬉しいな、という淡い期待で不妊治療をはじめた部分もあって、卵子提供に踏み切るだけの熱意というか、母親になるんだ! という強い思いみたいなものが、まだないのが現状なんですね。

 

実際問題として、一度採卵しただけで、どうも私のでは無理っぽいな、と自己卵による治療に軽く見切りをつけられてしまっている。なんていうか、合理的に効率的に、じゃあどうすれば子どもを産み育てられるんだろうと考えてしまっている。

 

その考え方は、一見切実に母親になろうとしているようでもあるけれど、実際はけっこう客観的に、ともすれば他人事のように、妊娠・出産を考えてしまっている、ようにも感じられるんです。

 

だから現状、物理的に考える時間があるというのは、ひとつの啓示のような気もしています。

 

 

※※※

 

 

ただ夫が、「ヤギの子どもが欲しい気持ちが強かった」と言ってくれたことには、ちょっと戸惑いつつ泣きそうになりました。

 

そしてその言葉で、私は私自身の子どもを強く望んでいるわけではないんだな、と改めて思ったりもしたのです。

 

卵子提供というものを現実として知ったのは野田聖子さんの出産を通じてだと思います。

 

それまでは、生殖技術に関するニュースやフィクションのなかでしか知らなかった卵子提供という妊娠・出産方法を、それなりの現実感を伴って認知することとなりました。

 

その時の私の印象としては、「そこまでして母親になりたかったんだなぁ。えらいこっちゃ」くらいのもので、出産するまでの過程の過酷さ(当時の私にはそう感じられました)や、出産後の前途多難であろう日々(ここについてもそう思ってしまいました……)を思うと、自分にはここまで母親になりたいという熱意はないな。いやー、やっぱり政治家をやるような人は人生に対する熱量がすごいなー、と完全に他人事のようにその出来事を捉えていました。

 

いっぽう、当時子育て真っ最中だった友人は、そのニュースにハッキリと眉をひそめていました。

 

「あんなふうに子どもを産むなんて親のエゴだ」と彼女は言っていました。「彼女は母親という称号を手に入れたいだけ。生まれてくる子どものことなんてろくに考えてない」

 

言い回しはちょっと違ったかもしれませんが、だいぶ辛らつな物言いだったで印象に残っています。野田さんの息子さんが、大変な状況で産まれてきていたことも、彼女の憤りを強くしていたのかもしれません。私もその点においては、子どもさん大変そうだな、と率直に思ってしまっていました。生まれるなり手術、手術で、命の危機にさらされながら成長していくって、当人にとっても相当しんどいことなんじゃないのか……?

 

でも、私はそれから、野田さんのブログをちょくちょく見に行くようになって、息子さんの成長を目の当たりにするようになりました。それで印象が変わっていきました。

 

息子さんは、確かに大変な日々を過ごしていましたが、そんななかでもよく笑っていて、自己主張もしていて、日々出来ることが増えていっていた。そんな子のことを、親のエゴがどうとか、しんどいんじゃないかとか、そんな言葉で語っていいものか、と思うようになったのです。

 

彼自身が自分をどう語るかは自由だけど、第三者が(まあ思ったり、本人に伝わらない場所で口にする程度の自由はあっていいと思うけど)彼の出生についてとやかく言うのはいかがなものか、と。

 

普通に、ご出産おめでとうございます、でよかったんじゃないか、と――。

 

今思うと、当時の私の友人も、子育ての大変さの只中にあったので、自分の現状と大きく異なる野田さんの子育てについて(つまり卵子提供云々だけではない)、思うところがあったのかもしれません。だから、今の彼女に聞いたら、当時とは違う意見を言うかも……、とも思います。もう10年ほど前のことなので……。

 

 

 

とにかくそういう印象だった卵子提供が、今回不妊治療をはじめたことをキッカケに、私の前にも現実問題として現れました。

 

不妊治療のブログを読んでいるなかで、卵子提供という言葉をちょくちょく目にしたのです。

 

元々卵子提供というと、アメリカで一千万円ほどかけて行うもの、という先入観があったのですが、そうではない選択肢もあって、実際それでお子さんを授かっている方もいる――。

 

それで、いつものごとくちょっと本能的に思ってしまったんですね。

 

この方法なら、可能性はあるかもしれない。

 

だから採卵後診察の際、先生に聞いてみました。

 

「卵子提供だったら、私でも出産出来る可能性はあがりますか?」

 

先生は忌憚なく「それはそうでしょうね」とおっしゃいました。「20代の方の卵子であれば可能性は十分にあります」

 

特に私をたしなめるでもなく、淡々と他の説明もしてくださいました。卵子提供による妊娠のおおよその確率、着床前診断のこと、それを行った上での妊娠の確率、卵子提供を受けるために必要な検査、等々――。

 

「不妊治療はご夫婦の考え方なので、どうしても自己卵でというなら今のような治療を続けていくしかないし、ご主人だけの遺伝子でもというお考えなら卵子提供を考えるのも手段としてはアリです」

 

そうか、と思いました。アリなのか。

 

それで夫に相談してみました。