今,北海道の山中に山村留学する親子のエッセイを読んでます.

宮下奈都さんの「神さまたちの遊ぶ庭」.

 

 

これね,「羊と鋼の森」が面白かったので,もう1冊小説を…と思って読んでみたら,

まさかのエッセイだったという(笑).

 

ですので「羊と~」とは大分趣が違いますが,

でも,なぜ宮下さんがあの話を書けたのか,本屋大賞を受賞したのかが分かります.

結構直球の,予言のような引き寄せしてますよ(笑).

 

というわけで,まだ読了してないにも関わらずお勧めの本なのですが,

今朝読んだ中に,心に残ったエピソードがありました.

 

地元の人達とバーベキューしながら,牛の話をするんです.

肉牛の気性の荒さを知ったら,「草食男子」のイメージが絶対かわるよ.

みたいな話.

牛は確かに草食動物だけど,「草食男子」のように大人しいわけじゃないよ,って.

牛を食べながら.

 

そして宮下さんは

「牛,山,森,ここに住んでいると敬意を払って言葉にすべきものがたくさんある」

と言うようなことを書いていて.(後で正確に引用しよう…)

 

それが,マタギの使う「山言葉」と繋がりました.

 

東北の猟師・マタギ(とりわけ旅マタギ)は,

山に入ってる間は里の言葉とは全然違う「山言葉」で話し,

うっかり里の言葉を口にしたなら,その場で水を被って禊をするのだそうです.

神聖な山で,穢れた里の言葉で話しては,

山が穢れる.山の神に嫌われる.獲物を与えてもらえなくなる.

現代には残っていない風習と思いますが,「山に敬意を払った言葉」の最たるものかと思います.

(余談ですが,この山言葉は里では使用を禁じられているため,民俗学者などが話を聞きにいっても嘘を教えられる場合もあるそうな)

 

大自然の中で暮らすと,自然とこういう気持ちになるのかな,と思いました.

 

「澄んだ空気と木立に囲まれた森林リゾート☆」とかじゃなくて,

生きるのに知恵や工夫が生まれるような大自然の中での日常生活ね.

 

自然に,森羅万象に八百万のものに敬意を払って暮らしたい.

 

そう思ってることは嘘じゃないけど,悲しいかな,私は東京生まれの東京育ち.

両親の実家も双方都内という筋金入りの都会っ子.

肌で「自然」というものを理解したことはほとんどなく,

憧れと好奇心で読み漁った本からの知識ばかりです.

(マタギの山言葉の話は「邂逅の森」という小説で知りました)

 

なのでどこかしら,

大自然の中で暮らしたことのある人,

とりわけ生まれ育った人には敵わないなぁ,という思いがあります.

 

自然の驚異にさらされたことも無いのに,深いところでの畏怖や敬意を抱けるはずはなく.

自然破壊の限りを尽くす大都会に住みながら「自然を大事に!」とか

ちゃんちゃら可笑しいわな.

 

でもちゃんちゃら可笑しいと笑われても,

私は自然に敬意を払う人たちの本を読み続けるだろうな.

 

経験以上の知識はないのだと言われても,読み漁る.

私にはもう,「山で育った子供時代」は過ごせないんだし.

 

そうやって敬意を払うべきものを知るのも,経験なんだから.

 

 

 

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