久しぶりに新書を買いました。
新書ってかなりの確率で図書館にあるので、本屋でチェックして図書館で借りちゃうのです。

でも今回買った【最貧困女子】

図書館ではなんと
90人待ち。
このタイトルに魅かれる人がそんなにもいることに単純に驚きです。

なので、買っちゃいました。
すぐに読み終えました。

風俗業に対しての目線が変わりました。

ここで著者が取材しルポとして掲載している【最貧困女子】とは、
ざっくり言うと「住む場所のない少女たち」です。

親からは虐待を受け、友人も作れず、社会保障制度からも縁遠い。
家族・地域・制度の3つの縁を失くし、圧倒的な孤独の中で
売春や性風俗で日銭を稼ぐ少女たちが、日本にもいます。いるのです。

私は、売春婦も風俗嬢も、職人のようなものと思っていました。
そこには女を「女」として売る才能やスキルやそれを磨く努力が必要であり、
若いうちしかできないことや、性病や事件に巻き込まれる危険などを考えたら、
まぁ、彼女らが高給取りなのも当たり前でしょう、
と思ってました。

でも矜持を持って、その仕事ができてる女性なんてほんの一部なんですよね…。

先に言います。
あんまりな言い方をあえてしますよ。

選択肢のない中で売春でしか生計を立てられなくなった少女たちの中には、
当然ブスも居ればバカもいるのです。
というか、
「最貧困」と言われる貧しさの中で、一定の美しさや知性をつけることは困難あるとも思います。

そんな少女たちは…
劣悪な環境の中、「格安」で「オプション」をつけて自分の体を売って生きています。

本を読んでいて、
少女たちは心も体も麻痺しきっている、と感じます。
そして徹底的に、愛情が足りていない。
それゆえに恋愛依存にも陥りやすく、容易く子供を産み、貧困は連鎖する。

どうしたら、いいんだろう? と思います。

私はスピチュアルや心屋が好きですが、
それらが彼女らを救えるのだろうか?とも、考えます。

スピチュアル的にも心屋的にも、「時期が来れば出会う」。
そういうものかもしれない。それも分かる。
でも、出会うだろうか?
今日を生きるだけで必死で、自分の傷にすら無自覚な彼女らが辿り着くだろうか?

その前に、行政は彼女らを救えないのだろうか?

言ってもせん無いことですが、ただ生きるために使う力が、あまりにも多すぎる。
スタート地点が違いすぎる。

彼女らが大人になり、
どうしようもないヒモにひっかかりながら、DV受けながら子供抱えてソープランドで働いて、
そこから這い出す方法も分からず、ある日エイズにかかったとして。

「いや~、でも自己責任でしょ!!」

って、言えるだろうか?
私は、言ってました。人生の帰結は自己責任だって。
自分のしてきたことが跳ね返ってるんですよって。

それも間違いではない。けれど。

もし、もしも、そういう風に生きてきて、
今も大変な生き方をしてる【最貧困女子】や
大人になってなお【最貧困】である女性に出会うことがあったなら、
「自己責任だ」と断ち切らず、ただ「がんばったね。たくさん、がんばったね」って、
言いたいなって。
そう思いました。
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