言っておかなければいけないのは、


主人が常々、


好きな人が出来たら、


結婚していいよと、


言っていたことです。


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私は、


一生に、今まで、


どうも好きになってくれた人は、


いなかったのではないのかと思い。


その時、


林田正晴さんが、


ブログで50回ほど、


好き好きと言ってくれたので、


それでまさかと思って、


長崎に、行ったということなんですよ。


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🙋


もし指示があったとしたらヒデノリ兄が生きていたそして市川和美さんということになりますよ





この話は、


為石の、


吉武ちなみさんにも、


話をしました。


だから、


吉武ちなみさんが、


皆さんに連絡網を


していたということになります。



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私の林田正晴さんは、


胸毛が熊みたいに、厚かったです。

 
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主人の、事を、


紹介した、


入里秀幸さんも、


毛が、厚かったですよ。


2人は兄弟ですよ。


紅あきらさんと椿裕二座長さんです。


歌舞伎の方が、


2達に、


弱いということは、


やはり枝分かれの時に何かを助けてやったのではないのか。



枝分かれの時の話ですが、


長崎県西彼杵郡高島町中学校の時に、



岩崎一枝さん。


そして、


みのり園の時に、


小西一枝さんという人がいました。



磯やすこさんの、


関連のことを、


よく知っているのではないのかということが思います。



憎しみはその、


生喜工業の時の、


シンナー事故の爆発の時に、


何人か女性も


大やけどを負ったのではないのか。


親戚の、孝子さん。


元三さんも、


内容をよく、知っていると思いますよ


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