現在、各党が選挙戦を戦っているが、そこでは自民党の「公共事業回帰」路線を批判する言葉として「古い政治に戻っていいのか?」という言葉を使う。
まるで新しいことが善で、古いものは悪、という感じ。
では、そんなに古い政治は悪かったのだろうか?
そんなことはない。
なにせ、日本は過去に所得倍増計画や太平洋ベルトラインなどを打ち出し、結果的にそれが高度成長を促した。
いま、日本の経済成長を否定する勢力があるが、経済成長を果たした過去が日本にあり、その政策を打ち出せたのは古い政治と言われる公共事業を大胆に行い地方都市を大きく育てたからである。
地方都市を育てる、とはインフラを整備し、交通の便を良くすることで、工場を作って製品を製造し、それを首都圏などの市場へ送る、というルートを構築することで、地方に人が住める条件を整備したから地方が大きく成長できたのだ。

いま、維新などが「地方分権」を叫ぶが、その割に公共事業で地方を整備しようとは言わない。結果として、今でも格差があるのに、それを是正しようともしない。過疎は過疎で生きていけばいい。発展しないのはそこが努力しないからだ。などと切り捨てる政治が新しいのであれば、そんな政治よりも古い政治の方が私はいいと思う。
弱肉強食の政治などいらない。
同じ国民同士で助け合い、みんなが幸せになれる、そういう政治を政治家は目指すべきではないのか?競争がすべて正しいのであれば、弱き存在は、死ぬしかない。弱いものを助けれるゆとりを認められない国は殺伐とした嫌な世の中になっているだろう。
そういう余裕のなさは、経済的不安定な時代に起こる。
デフレ不況で雇用が少なくなれば、あらゆる階層に歪が生まれる。
公務員バッシング。生活保護受給者へのバッシング。
正社員へのバッシングなどなど。安定している人たちに対する恨みが発生する。
経済的な安定があれば、雇用が安定する。首切りの心配がない社会こそ人々の心にゆとりが生まれる。公共事業を今増やし、民間が減らした雇用を政府が下支えし、景気浮揚に一役買えば、その後しばらくして民間の景気が徐々に回復する。軽いインフレに経済が改善すれば、政府が公共事業を少しずつ減少させても雇用の安定が確保できる。
インフレ経済であれば、国の税収もふつうに増えていくはずで、そうなれば社会保障費の伸びにも対応できる。インフレになれば、投資が増えるので、そのために貸出の資金が増える。となれば年金の運用などが楽にできるので、受給の伸び分も確保しやすくなる。

これを考慮に入れても古い政治が嫌なのだろうか?
新しい政治、というその新しさとは、結局どういう結果がでるか未知、という意味でもある。ということは、仮にいまより状況が悪くなった場合(私は維新的な政治だと確実に悪化すると思うが)誰が責任を取るのだろう?というか悪化し、失業者が増え、国内の自殺者などが増加して、選挙で負けて責任を取ったなど言われても納得できるものではないだろう。
今の日本は雇用が減っていて、インフラのメンテナンスを大規模に行う必要があり、大規模地震に備えなければならない地域が複数有り、公共事業を増やさなければならない時期なのだ。
正直古い新しいなどで争っている場合ではない。
トンネルで事故が起きた。
東北で余震が起きた。
予兆はある。
だから選挙が大事になっているのだから。
つぎ間違えたら、日本の未来は暗い。