今の日本を覆っている様々な問題。
精神医療の薬依存や日本経済をむしばむデフレ。近隣各国との国境紛争や歴史認識問題。
これらを総合的にみるとき、一つのキーワードが浮かんできた。
それは「自由」という言葉。
本来は自由というのは素晴らしいこと。しかし今の日本では自由ということが逆に作用している気がする。
精神医療に関して言えば、薬の処方には医師の裁量権という、自由な処方を許容する慣習がある。
患者を治療するためだから、必要だからこの薬を処方する。と言われれば誰も処方を止められない。
その薬が海外で重大な被害を出していても問題ない。
ここで国が薬の処方に関してしっかりとした通達をだし、破った医者には重いペナルティーを科すという国の管理という体制を作れば、ある程度医師の処方権限を制限しながら最適な薬の処方が行えるかもしれないが、医師からすれば自由をはく奪されるという感覚があるかもしれない。
経済で言えば、日銀の自由な金融政策、こそがデフレを長引かせてきた。
本来は、金融政策は自由でも構わないが、成長率の目標設定までも日銀に自由に決めさせてはいけない。
インフレ率の目標はあくまでも国会で議決されていなければならない。なぜならば、景気動向はそく国民生活に跳ね返る。そこで不景気になり、解雇などをされた場合、そういう政策のミスをした政治家を選挙で落選させ、正しい政策を行える政治家を選べることが民主主義の意義である。ところが日銀の官僚には選挙はない。自分たちの身分が保証されたうえで好き勝手な金融政策を行われ、景気悪化を招いては困るのである。だからこそ日銀から物価目標(インフレ率)を決定する自由を奪わなければならない。
官僚とはしっかりと目的を与えればそれに従って正確に仕事ができる存在である。
それを放任してしまえば、官僚は自分の利益最大化に向かって仕事するようになってしまう。これも自由の弊害と言えるだろう。
自由という言葉の意味を考える。
わたしは「自由」とはいつもそこにあるわけではなく、しっかりと義務を果たしたうえで与えられる価値あるものだと思う。誰彼かまわず自由を謳歌できる、そんな世界などどこにもないのではないか、そう思う。
だからこそ、世界で自由を手に入れるために戦うのだろう。
ただ日本はアメリカに偽物の自由を押し付けられたために、その意味をしっかりと考えてこなかったのかもしれない。
金メッキされた、見た目は奇麗な自由、という言葉。しかし、そのメッキを剥げば、汚い嘘だらけの放任があった。
無秩序の世界が安定するはずもなく、気づかぬうちに自分たちの生活を崩壊させる。
しっかりと考えて、自由ってなにか?を見つけたい。