前回のブログにコメントありがとうございました。


世には多くの毒親がいるみたいですね。


ただ、うちの親はちょっとスペシャルだったかと思います。


数回に分けてその鬼具合を紹介します。







子供の頃、


母と町を歩くと同級生とすれ違うことがありました。


すると


「あの子は清潔そうなのに


 あんたは汚らしいね。


 あんたが変だから


 ほら、あの人もあっちの人も


 あんたを笑って見てるよ。」


と、にやにや笑いながら母は言うのです。







わたしが中学の頃は


1学年に360人ほどいました。


その中で就職する子は知恵遅れの女子1人でしたが


母はわたしにも中学を出たら就職をすすめました。


うちの町にバスクリンの工場があり


「中学を出て入るといっぱいお金を貰えるから」


と母はわたしに言うのです。





当時のわたしはがんばると


中間、期末テストのトップ10に入る成績でした。


「うちにはお金がないから」


というのが母の口グセでしたが


妹の成績が芳しくなく


入れそうな高校がないということになると半狂乱になり


要約、妹が私立の高校に入ったときは


「入学金に100万円出した」


と誇らしげにわたしに言いました。





母への静かな反逆でしょうか、


わたしはその後大学院まで公立、国立でした。


この様に母はわたしを叩きのめし続けましたが


困ったときは全力でわたしに依存してきました。







この様な環境でしたので


家族愛とか本当に近代の幻想だなと思うし


家庭を成り立たせるための犠牲になる子どもは絶えないだろうと思います。


実際に殺されてしまう事案もある中


わたしの事案はまだマシであったとは思いますが


この様ないささかスペシャルな状況の中


わたしは2度ほど死んだと思います。


たぶん普通の人なら死んでいたと思います。


続きます。