私には甥が一人いる。
兄夫婦が苦労して授かった、大事な一人息子だ。
そこにどんな苦労があったのか、私は知らない。

その頃は自分の陰に飲まれていて、正直他人事に関心はなかった。


子供の1年は我々のそれより長く、そして密度が濃いのだろう。
例えば五歳の1年は人生の1/5に当たり、私のそれは1/32である。
こちらの感覚で捉えると、成長が早いと感じるのはこの為なのかもしれない。


他者と自己の境界が明確になり、甥はおぼろげながら自分の人生を歩み出したようだ。

その証拠は彼の二つの瞳にまばゆい光として映し出されている。


濃淡は分からない。
だがいつか必ず彼の中に陰は生まれる。
そしてその光を覆おうとする。
己の闇を振り払う力が身に着くのかどうかは、これからの10年で決まってしまう。


私はこの時期、自分の人生を歩む事が出来なかった。
そして20代、私は陰の前に跪いた。
自ら人生を堕落させた。


そんな力を身につける最も大事なこの時期に、子供という存在は自ら環境を選ぶ事が出来ない。

親は無くても子は育つと言う。
だが良い環境無くして、子は自分の中から沸き上がる陰に打ち勝つ力を得る事は出来ない。


幸い、Shi-doの環境は良いものであるらしい。



強く、そして優しく自分の人生を切り開いて行って欲しいと思う。