以前、周りの人の定義を変える、というブログを書きましたが、
その後、です。
私の両親は、仲が悪いわけではないのですが、
母親はよく父親に文句を言ったり、馬鹿にしたりしていると私は思っていました。
そこで、私は、母親の定義を、
「父親のことが大好きで、楽しそうにいつも会話している。」
ということをあてはめてみました。
定義した後、会うことは何回かありました。
完全に、変わったわけではありませんが、
私が気付いたことがあったので、お伝えできればと思います。
母親が父親のことで不機嫌になることが嫌だと、
母親がいつも場を不機嫌な状態にさせると思っていたのですが、
先日、会った時に、
母親の言葉や行動にいつも過敏になっている自分がいることに気づきました。
その言葉は、また、父親のことを馬鹿にしているんでしょ。
とか、
その行動は、父親にイヤな思いをさせようとしているんでしょ。
などなど。
そして、
そう考え、私が不機嫌になっているんだ!
と、ふと気づきました。
冷静に、話を聞いたり、
冷静に、どうしてそうしているのかを知ると、
必ずしも私が思っている答えとは違うんですよね。
例をあげると、
私と待ち合わせのロビーで、母親と父親は離れて座っていました。
私は、「また、そんなことして!なんで、一緒に座らないの?」と少し不機嫌になり、
母親への攻撃モードになります。
でも、そのことに気付いた私は、落ち着いて母親と話をします。
父親は、ソファに座っており、母親はベンチシートに座っていました。
母親は、足があまり良くないため、ソファに座るのは、少し辛いとのことです。
そして、父親はソファで私を待っている間、口を開けて寝てしまったようで
「口を開けて寝てたんだよ~。もう、恥ずかしくて。」と母親が話した時には、
笑い話になっていました。
いつもであれば、母親が父親が嫌で離れて座っていたんだ、と
不機嫌になってしまう私ですが、
違う定義をして、冷静に話を聞くと、
違った現実、その状況を起こしていたのは自分なんだ、
ということが、とてもよくわかります。
そして、新しい定義の現実が始まっていきます。
「あの人はこうだから。」
という定義を変えてしまうことにより、
自分が起こしていたことに気づき、現実が変わる。
小さな事例ですが、腑に落ちる出来事でした
家族や身近な人であるほど、
でも、あの時はこうで、この時は、、
と思いたくもなりますが、
すべては自分で現実を創っています。
身近な人ほど、思い切って定義を変えることで、
世界がどんどん変わっていくなぁ、と思います