皆さん今晩は ようこそお越しいただきありがとうございます。![]()
まだまだ 暑い日がつずいていますね 体長管理を大切にしてくださいませ。![]()
はてさて昨日は 迷うことなく順調に行っていたのですが
あれれ また迷ってしまいました。 あれれ![]()
昨日の 「 ここはどこ 」
正解は 「甲斐善光寺」でした。
甲斐善光寺(かいぜんこうじ)は山梨県
甲府市
善光寺にある浄土宗
の寺院
。山号は定額山(じょうがくざん)。正式名称は定額山浄智院善光寺(じょうがくざんじょうちいんぜんこうじ)と称する。長野県
長野市
にある善光寺
をはじめとする各地の善光寺
と区別するため甲斐善光寺(かいぜんこうじ)と呼ばれることが多く、甲州善光寺(こうしゅうぜんこうじ)、甲府善光寺(こうふぜんこうじ)とも呼ばれている。
永禄 元年(1558年 )、甲斐国国主武田信玄 によって山梨郡 板垣郷に創建された。開山は信濃善光寺大本願三十七世の鏡空。
信玄は信濃侵攻を行い越後 の上杉謙信 と衝突し、現在の長野県長野市南郊において五次に渡る川中島の戦い を行うが、弘治元年の第二回合戦では戦火が信濃善光寺に及び、信玄は自分の領国である甲斐 へ本尊などを移したといわれ、以後、川中島の戦いの戦火は善光寺方面へ及んでいない。上杉謙信もまた領国の春日山城下に本尊以下を遷しており、善光寺別当栗田氏 も武田方と上杉方に分裂している。
最初の移転地は禰津村(現長野県東御市 )であったが、その後甲斐国内の法城寺を経て永禄元年に板垣郷へ移された。この地が移転先に選ばれたのはこの附近に信濃善光寺の由来にかかわりのある本田善光 についての伝説があるからだといわれており、今でも甲斐善光寺の北1kmほどの場所には本田善光の墓とされる「善光塚」がある。
板垣郷は近世には板垣村となり、明治8年には里垣村の大字名。昭和12年には甲府市善光寺町(現・善光寺3丁目)となり、現在に至る。
伽藍
- 本堂 - 当初永禄8年(1565年 )に完成し桁行およそ50メートル 、梁間がおよそ22メートル、高さがおよそ23メートルと信濃善光寺のものとほぼ同じくらいの大きさであったが宝暦 4年(1754年 )2月の火災によって失われ、現在の本堂は寛政 8年(1796年 )8月に再建されたものである。善光寺に特有の撞木造で、桁行がおよそ38メートル、梁間はおよそ23メートル、高さが26メートルと最初のものに比べると規模は小さくなっているがそれでも東日本 においては最大級とも言われる木造 建築物である。昭和 30年(1955年 )6月22日に重要文化財 に指定された。
- 山門 - 本堂とともに焼失したがのちに再建され現在のものは桁行およそ17メートル、梁間およそ7メートル、棟高およそ15メートルとなっている。門の両脇には未完成の金剛力士 (仁王)像が祀られている。山門も本堂と同日に重要文化財に指定された。
文化財
現在の本尊 は銅造阿弥陀三尊像である。これはかつての本尊の前立像であったが、この本尊が信濃善光寺に再度移されるにあたって新しく本尊とされたと伝わり、昭和48年(1973年 )6月6日に重要文化財に指定された。秘仏 であるが平成9年(1997年 )からは7年毎に開帳が行われることとなり、2006年には山梨県笛吹市 の山梨県立博物館 においてシンボル展「重要文化財善光寺阿弥陀三尊像」が開催された。これに際して同博物館の考古学 や保存科学 、美術史 を専門とする学芸員の共同研究により像の調査が行われた。エックス線 撮影装置を用いた非破壊検査により両侍像内の足元付近に納入物が発見された。納入物は円盤状の形状から和鏡 と判明し、画像分析により観音菩薩立像内の和鏡は「秋草双鳥鏡」、勢至菩薩立像内の和鏡は「水草流水双鳥鏡」と判断された。双方とも直径8cm前後と推定され、鏡背の中心には紐を通すための鈕があり、平安時代後期の様式が認められている。
重要文化財としてはそのほかに、文禄 年間に当地を治めていた浅野長政 が、それぞれ現在の甲府市中心部の光増寺と現在の韮崎市 の大仏堂から移したものと伝わる木造阿弥陀三尊像2組がある。これらは明治39年(1906年)、重要文化財(当時の国宝)に指定されている。
当寺は以上のほかに山梨県指定文化財 4件、甲府市指定文化財8件を含む多数の文化財を所有している。これらの文化財の一部は境内に昭和57年(1982年 )に建てられた宝物館で公開されている。
重要文化財(国指定)
本堂 附:厨子1基・棟札2枚 棟札によれば寛政元年(1789年)の上棟。竣工は寛政8年(1796年)と伝える。
山門 附:棟札1枚 棟札によれば明和4年(1767年)の上棟
木造阿弥陀如来及両脇侍像:12世紀前半
木造阿弥陀如来及両脇侍像:12世紀前半(ウィキペディアより引用)
川中島の2回目の戦いで、戦火を逃れる意味もあり本尊を甲斐の国へ移設したなんて、昔の人にもとても信仰心の熱いかたがお見えになったのですね。
時代を超えて、信仰心は形を変えているのかも知れませんが、日本人の心に響きわたるものがあるのでしょうか?自然と落ち着いた雰囲気になりますね。ぜひ一度長野の善光寺へ伺った際に足を延ばして、甲斐善光寺へ行ってみてはいかがでしょうか
はてさて 山梨までいって温泉にも入らずに帰ってきてしまいました。![]()
次回は温泉に行こう!食べ物は今は桃とブドウかな![]()
明日は都下のほうへいこうかと思っています。
道に迷わず帰ってきてみたいものですね。![]()
残暑熱いですね 水分をよくとって体調管理・・・・![]()
あなたの笑顔に感謝
周りを笑顔に変えてくれました![]()
それではみなさんおやすみなさいませ![]()
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