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33 CHANNEL

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先週から新しい家に引っ越しました!





なかなか気に入る所が見つからなくて、たくさんviewingしてやっと巡り合ったドンピシャの場所。その場で即決したよ。





テムズ川沿いで、バルコニーからの眺めが本当に最高で!









私がいつも仕事してる小さなマイオフィス↓




ベランダからは私が働いてるオフィス街も見える!








テムズ川の水位が低い朝方には波が打つザザーンって音が聞こえてきて、水位が高くなる日中から夕方にはアヒルがぷかぷか浮きながら窓の外を横切ってて、なんだかもう毎日が急に癒されるのと、最高すぎる。





仕事で超集中してるときにふと窓の外見るとアヒルがぷかぷか通り過ぎててさ、なんかふっと気が抜けるんだよね。そしてその度にこういう瞬間ってすごく大切だなって思う。












この家に巡り会えて本当にラッキーだし嬉しい🍀



引っ越して本当に良かった!!














出会ったときは、どこでいつ買ったかもわからないオリーブオイルと醤油しかキッチンに無かった彼。


紅茶を振る舞ってくれたけど、ケトルがなくて鍋でお湯を沸かして、オモテナシしてくれたね。











そんな料理の「り」の字もかじったことないオリーが!






パルメザンチーズを見て「このカリフラワー何に使うの?」って言ってたオリーが!!!








パンパカパーン!!!





バスマティライス、アスパラ炒め、照り焼きチキンを全部一人で作って振る舞ってくれた!!!!!





母さん、so proud、、、













しかも私がちょっと機嫌悪くてさ。いつも一緒に料理するんだけど、一緒にご飯食べてもいいけど作りたくないって前日に駄々こねてて。からの今日も機嫌悪くて、理不尽な態度を取ってしまったにも関わらず!




最初はオリーもイラっとしてたし、喧嘩になるかなって思ったけど、静かに隣に座ってきて「今日は自分が2人のために照り焼きチキン作る、っていうのはどう?」って言い出して。







散々私が難しくなってたし、理不尽なこと言ったのに、こういうときオリーは本当に優しい。






料理中に手伝おうかって何回か聞いたんだけどさ、「昨日料理したくないって言ってたから」って。何ならそんなこと言ったのすっかり忘れてたってばよ!

泣ける。










オリーのこと分からず屋とか思いやりが足りないとか言った人、誰。あの日の自分にビンタしてやりたい。





本当のところはいつもいつもずっとずっと優しくしてくれてるのにね!







この反省と感謝を忘れないように。これからはもっともっと優しくして大事にしよう。




オリー様様、仏様🙏









 
 
最近仕事でプロダクトローンチして、怒涛のように忙しくて。
 
さらに仲良い友達が2人も帰国することになったり、仲良かった友達カップルが破局したり、なんかもう気分が滅入ってて。
 
 
 
常に何か考え事が頭の中を回ってて、不安だったり焦ったりイライラしたりしてて
 
あぁこんな自分嫌だなぁ、一旦頭をリセットしたい、心をスッキリさせたい、って思って。
 
 
 
 
 
 
久々に行ってきました、一人旅。
 
 
 
 
 
 
 
いつもこんなんなんだけど、前日の夜に思い立って場所見つけて「え、いいじゃん!」ってだらだら見てたらうっかり支払いまでしてしまって、翌朝出発。
 
 
 
 
 
ロンドンから電車で約2時間、そこからは公共交通機関が通ってないからタクシーでさらに20分ぐらい。
 
イギリスの真ん中ぐらいにある田舎、Buckinghamの山を目指して。
 
 
 
 
 
 
牧場に囲まれてて、見渡す限り羊、羊、羊、たまに牛と鶏。
 
 
 
 
空が大きい。
 
 
 
 
 
↓これが私が泊まった小屋。
 
 
 
中の写真とってないけど、ダブルベッド、シャワー、トイレ、キッチン、全部ちゃんと揃ってて快適だったよ。
 
 
 
 
 
 
 
小鳥の声と羊が鳴く声しかしなくて、静かだなぁって思うのと同時に自分って毎日色んな音の中に居たんだなぁとしみじみ感じた。
 
 
 
スーパーもない、車もいない、人もいない。
 
何にもない所で、誰とも話さずに、何もせずに過ごす。
 
 
 
来る道中で買ってきたインスタントコーヒー淹れて、本読んで、昼寝して、また本読んで。
 
 
 
 
そんな感じで大したことは何もしてないんだけど、なんかすごく満たされた、自分をチャージしてあげれた時間だった。
 
 
自分も大変だったよね、っていうかさ
 
なんか仕事も人間関係も恋愛も、大切だからこそ一生懸命になってるんだろうけど、そしてまた頑張れるだけに頑張っちゃうんだろうけど。
 
 
ちょっと頑張らせすぎちゃったね、ごめんね、みたいな。
 
 
 
 
 
だから自分を遠くに連れてきてあげて、自分と自分だけの時間をとれたことは本当に良かったと思う。
 
 
 
 
 
 
 
夜はちゃっかり一人BBQも楽しみましたよ。
 
全然写真に収められなかったけど、満天の星空で鹿児島にいるときに良く見えてたカシオペア座も見えたよ!
 
 
 
 
 
 
 
自分でまず自分を満たせずして、人を満たしてあげることも人に満たしてもらうことも出来ない。
 
 
なーんてよく聞く言葉ですけど、本当ですね。
 
 
 
 
また明日から頑張れる、っていうよりは、調律がまた整ったから先週よりは良い音奏でられるんじゃないかな、なんて思う日曜日の夜。

 
 
 
 



大好きなパートナーだからこそ、分かり合いたい。


他の人に対してなら「別にいいや」って思えることも、大好きなパートナーに対してだけは見逃せないのはもう他人事って思ってないから。









どうして分かってくれないの、どうしてそんなこと言うの、って。




一生懸命に分かってもらおうとすることは、理想的かも知れないけど、根本的に不毛なことで。










世間で、あるいはメディアなり友達なりの意見で、



◯◯は良くない、


え、◯◯ってあり得なくない?


◯◯されたの、それってひどくない?


◯◯が「良い」パートナーのサイン、


パートナーなら◯◯すべき、


大切にされる女はいつも◯◯である、


良いリレーションシップは◯◯であるべき、


◯◯すれば、相手はこう動く。相手に◯◯させたいなら◯◯すべき、







とかとかとかとか。




私は知らないうちに、そういう周りの無責任な意見と理想に左右されちゃってたんじゃないかな、と思う。










そしてその一般論がいつの間にか自分の指針になってしまって、少しでもそれと違うと疑問を抱いたり、心配したり不安になったり、話し合おうとしたりしてた。











そして話し合えたら解決出来た気がして、喧嘩になったら解決出来ない、私たちは歩み寄る努力が足りない、なんてとこまで考えてしまってた。














だけど話し合いなんて意味あってないようなものなんだろうな、って思う。






人間何とでも言えるし、そう簡単に考えも行動も変わらない。











だから解決とかそんな美しくならないのが普通で、グレーなこともまた普通にあって良いんじゃないかなって思う。












腹立つ。わかってる。
ひどい。わかってる。




そんなもんだよ、でも大好きな人だから許してあげる、受け入れてあげる。そして私も完璧じゃない。



思い通りにならなくて当たり前。



だけどそれでも一緒にいるのは、それだけ相手が特別だから。







それでも好きだって胸を張って言える。












許すって言ったら何だか既に上からだけど、

男の行い一つ一つを許せずしてどうする、と。そんな器の小さい女で居てどうする、と。












違いも受け入れて、たまに気に食わないことも受け入れて、白黒つけずにちょっとふくれてるぐらいで丁度良いんじゃないか、と。











見逃したらいけない、わからせないといけない、全然そんなことなくて、目を瞑って良いじゃないか、と。
























世間の恋愛先生、Google先生、私は見逃せる女になります。


























パートナーだって、他人である。だけど最も愛すべき他人である。












そもそも「合う合わない」じゃない、何ならみんな「合わない」のが当然。それでも今日、この時点で、それでも一緒に居たいかどうか、会いたいかどうか、それだけなんだよね。











 

 

ずっと前に、長く付き合ってた彼氏と大喧嘩してたときに、もう3年経つのに未だに喧嘩するとか気が合わないのかもってお母さんに話したら言われた言葉。

 

 

 

 

 

 

「30年一緒にいるけど未だにあの人(父)のことわかんないから。3年とか普通。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「男と女、ってか人間関係ってそもそも気が合うとか合わないとかじゃない。

血も繋がってない、お互い違う人同士なんだから、みんな気とか合わないものよ。

そもそも合う人とか別にいなくて普通よ。」

 

 

 

 

 

 

じゃあ、何が最大の決め手なの?って聞いたら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこまで耐えれるか、どこまで耐えるって自分が決めるか、のみ真顔

 

 

 

「もうここで離れる」って決めたらそれまでだし、「腹立つ、けど離れない」って決めたらその時はまだ離れないことになる。

ただその瞬間の繰り返し。

 

ただ「ここで離れる」か「まだ離れない」って決めるかの違いで、その向こうにある怒りとか気が合う合わないとかはどっちも別に変わりない。

 

まだ一緒にいるってことは「腹立つ、けど離れない」って今日まで何らかの理由で最終的に選択してきただけのことで、別にずっと気が合ってたからとか運命の相手だったからとかでは無い。

 

もう一緒にいないってことは「ここで離れる」って何らかの理由で最終的に選択して、だから言った通り一緒にいない。それだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

今になってしみじみと母の言葉を思い出して、その深さに深いいレバーどんだけ引けばいいのってぐらい納得する。