同ポジションの男が怖い。
決して彼が悪いわけではない。

彼は私と同ポジションで最近入社した。
(当日までそれを私に知らせない弊社のポンコツぶりは前回の記事に書いたとおりである)

彼は自分の目標に向かって努力のできる男である。そして努力した分だけ自信がある、非常に真っ当な人間だ。

その真っ当さが私を抉ってくる。

私はこれまでなんとか仕事を続けてきた。理想の働きとは程遠いが、そのときは懸命にやってきたはずである。

だが、会社では、頑張ってきたからいいわけではない。結果を出さないといけない。

直接に言うわけではないがそのような言葉はアッサリと口に出してくるので、私に思うこともあるのだろう。

私自身も「こう動けばよかったのだなあ」と参考になる部分も多く、道が見つけられたという感覚もある。私には理論が足りなかったのだと。

ただ、思ってしまうのだ。

本部にたった3人しかいなかったときの、現場からの敵意と不信に満ちた空気。決裁フローも意思決定フローもなく、何の提案も通らなかった日々。組織図がなく1人の独裁的で怠惰な上司に全てを握られ「言われたことだけやってればいいんだ」とやることなすことストップをかけられたこと。その上司のOKをもらうためにセクハラめいたふれあいも我慢しなければならなかったこと。

彼が入ってきて物事はどんどん進むのだが、とてもいいことなのだが、自分が出来なかったことをポンポンと口にしてOKをもらうのを見ると苦しい。

私と同じ状況でやってみろと思いながら、それはそれで彼はドンドン結果を出せるのだろうなと考えると、自分の能力や知識のなさが情けない。

私にも彼にはない技能がもちろんあるが、彼や会社にとってそれはさほど重要ではないことがもっと悲しい。

彼は人生を効率化する明るく上昇至高に満ちた男だ。

家事は人生の無駄だからと全自動洗濯機や食洗機を導入する。スマホはもちろん格安SIM。Instagramのミニマリストの男みたいな生き方を地で行っている。根気と夢があり、最良のパートナーと生活と仕事がある。

一方、私はADHD・ASD併発の発達障害者(グレーゾーン)の生き方を地で行く人間である。そんな人間なりにコミュニケーションを見よう見まねで学び、生活を必死に整え、まったく思うとおりにならない体調と付き合ってきた。将来を考えて転職したりもした。やっと見つけたポジションと思ったが、人生はそんなに甘くない。

発達障害者は、人生でみっちりと努力してきた人間にはもちろん叶わないのだ。

この資本主義社会では、繊細さも、正確な文章力も、100誠実であろうとする姿勢も必要ない。
繊細さは不要で、能力や誠実さは6〜8割で現実とバランスをとるのが賢い生き方なのだ。

そうすればその日の反省会で夜中まで眠れないこともない。会社に行くだけで疲れきって、お風呂に入れないこともない。

ちょっと悲観的すぎるかもしれないが、落ち込んでいるので許してほしい。健常な方から見れば「気にしすぎ」「結局努力不足」なことは分かっているのでそれも言わないでほしい。

前向きな彼を見ていると、自分が暗い人間だったことを思い出して苦しい。

いじめられていた小学校時代から振り返れば確かに人生は右肩上がりなはずなのに(大学時代は就活で惨敗して、ホームレスになるんだ!と号泣して親を困らせていた人間なのだ。親は、小さな会社の事務員になって、実家で暮らすのがいいよと言ってくれた。転職で本部採用されて一人暮らしなんて考えられなかった)、人は欲張りで、結局上を見ては落ち込んでいる。

掴んだはずの居場所は無くなってしまうかもしれない。

でも、やれることをやるしかない。
結局、1人では十分な実績が出せなかった。
それは今の自分の限界で仕方ない。彼と2人で結果が出せたら、それを1人で再現できるように、学んでいくしかない。

苦しい気持ちで雑アウトプットしてしまった。
それなのにここまで読んでくれてありがとうさんきゅーです。