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  以外と服装が色彩豊かでびっくりしました。

吉野ヶ里は、弥生後期(1~3世紀ごろ)には40ヘクタールを超す国内最大級の環濠集落へと発展しました。


  弥生人の 華やかな装いも次第に明らかになり、発掘が進むと多数の絹や大麻の布片が見つかりました。


  絹の布の中には巻き貝を原料とする『貝紫』で染め上げた品も見つかりました。貝紫で染めた布は、古代ローマ帝国などでは非常に高価で高貴な染物として扱われ、シーザー(カエサル)のマントにも使われていた染料でした。


  紫が高貴な色であるというのは洋の東西を問わず認識されるに至るほど、大陸の交易を通じて広まったのでした。


特に原料の『アカニシガイ』は遺跡からは数十キロメートルと近くの有明の海でも採れるため、この吉野ヶ里が、染物の工房が存在する可能性も出てきました。


  発掘に携わってきた佐賀県立佐賀城本丸歴史博物館館長の七田忠昭氏は『吉野ヶ里には高度な縫製技術が伝わっていた』と話してます。


  同遺跡は石材の両面に銅剣や銅矛の元となる型を彫り込んだ鋳型などが出土しており、青銅器の工房が在ったと思われます。

 

当時は今で考えるよりも遥かに、物の物流が盛んであったようです。