インド発祥の仏教が中国に伝えたもの。それには経典の中に含まれる仏教以前に発生した宗教観も含まれているはずです。 それは宗教色が薄れ、あたかも仏教を讃える逸話などに利用されているものと思います。
例えば、魏、晋、南北朝に作成された漢訳仏典中に僅かながら『七覚支宝』、『七種支善住大刀』、『七宝刀』、『七支』、『七覚』などの使用例が認められるとの文献(村山正雄・七支刀銘文図録中論文七支刀銘字一考)も有ります。この中で『七覚支宝』とは次のように訳されているようです。『悟りを得るための七つの教え(事項)』仏教以前の七以って至宝とする考え方(伝統)が仏教の中に取り込まれたのでしょう。
上記の使用例のうち『七枝樹』に関連して使用された例が有れば、それが最古の使用例に連なる可能性がありますので、今後の研究がまたれます。
ところで、上記の文献中に興味ある記述が有りました。楽浪出土の遺品の中に『七枝燈架』が存在すると記述が有りました。問題はこの燈架の形が、『七支刀』と同じかもしれないとの思いから確認のため一度韓国まで行かなければと思っている次第です。
