こんな書き出しで始まるのは、『鷲にとられた赤ん坊』の話です。


 農作業に精出しているうちに、天空を一羽の鷲が横切り、赤ん坊をつかみあげ、東へ向かって飛び去りました。

行方知れずのまま、十二年が過ぎ父親は用事が出来、丹後の国へ向かう途中で加佐(かさ)の郡まで辿り着きました。

村の井戸端で女の子がいじめられていました。何と『鷲の食い残し』と囃したてられていました。この女の子の主人に尋ねたところ、『十二年前の三月五日』に鷲が飛んで来て、足の爪で握っていた物を樹の梢に落としていった。

それがこの女の子であった訳です。親子は再会し涙にくれました。奇遇とはいえ、育ててくれた親も別れるのが辛く、以前どおり親として行き来することになりました。

この約束どおり女の子は但馬と丹後を行き来して、双方の両親から可愛がられたそうです。

 さて、ここに登場した『但馬の国七美の郡』とはどこでしょうか

地名としても、七が美しいと書くなんて、なんと優雅な表現でしょうか。

これだけでも調べてみる価値は有ります。

 実は、1896年(明治29年4月1日)日本海側の兵庫県二方郡と七美郡が合併して美方郡となるまで名は残っていました。

 『今昔物語集』は十二世紀の前半に成立したお話です。七は吉数であるとして、これを郡名に採り入れた十二世紀の但馬の人々、七福神に連なる足跡が日本海側にも存在した訳です。話の数は千四十話もあるそうです。

 まだまだ、『聖数七』に因んだ話があるかもしれません。